こっちむいてよ、せんせい


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最終話 こっちむいてよ、せんせい





  絵に描いたような白々しい青空が広がり、朝の日差しが学校の周辺を照らしつけていた。
 同じ目的地に向かうまだ眠気を引きずった集団に紛れて、杏奈はあえて毅然とした面持ちで歩いていた。時折ちらちらとこちらの変化に驚く視線を感じていたが、気づかない振りをする。
 校門が見えてきたところで、一度立ち止まった。そこに、透子が立っていたのだ。
 彼女は通りかかる生徒たちに「おはよう」と挨拶して、たまに短く会話をしていた。変わった様子は見て取れない。隠すのが上手いのかもしれない。
(……せんせい)
 一度心の中でそう呼んでからぎゅっと拳を握り、再び杏奈は早足で歩き出す。
 態度は変わらないと思ったが、杏奈に気づいた透子はあからさまに驚いていた。
 茶色く染めて二つ結びにしていた髪をボブカットまで切りそろえて、真っ黒に染め直した。折り込んで短くしていたスカートは従来の長さに直している。
 どちらも、透子がずっと杏奈に注意していた身だしなみの箇所だった。
「……緑川、あんた……」
「おはようございます――透子先生」
 はねつけるような口調でそれだけ言って、足早に彼女の前を通り過ぎる。
 彼女の眼差しが背中を追いかけてきている。だが杏奈はもう立ち止まることも振り返ることもせず、校舎の中へと入っていった。


 未練がないと言ったら嘘になる。
 授業中の教室、教科書の内容を解説する教師の声とクラスメイトのひそひそと話す声が聞こえる中で、杏奈はぼんやりと頬杖をついている。学校が退屈なのはいつものこと。でも今日はいつもよりもずっと気分が重い。
 クラスメイトたちは最初こそ変わった杏奈に興味を示しているような素振りを見せていたが、やがてそれも失せたのか平常通りに戻っていった。
(そんなもんだよね、あたしなんて)
 所詮、ここに居場所なんてない。改めてそう認識する。
 ふと透子の姿が浮かんできて、すぐさまそれを打ち消した。もう彼女とは何でもない。自分たちは、ただの生徒と教師という関係に戻ったのだ。
(わかってる、けど……)
 そう思いこもうとしても、やはり無理だった。まだ心の中の大部分に、彼女への想いが染みついてしまっている。
 でも彼女は、もう自分を必要としないだろう。何故なら、もうずっと思っていた人が、彼女の傍にいるからだ。
(……あたしの居場所は、もうどこにもないんだな)
 別に悲しくなんてない。慣れっこだ。
 それでも不意に視界が滲んで、杏奈は慌てて机に突っ伏して顔を隠した。
 焦がれるほどの気持ち。そこまで自分は透子のことを思っていたのだと、杏奈はようやく気がついた。


 途方もない時間が過ぎて、やがて昼休みになった。みんな友達を引き連れて購買に向かったり、席をくっつけ合って持ってきた弁当箱を広げたりして思い思いの食事を楽しもうとしている。
 杏奈は一人席から立ち上がった。とりあえずこの場には居づらい。
(屋上にでも行こうかな……)
 最近寒くなってきているし、あそこなら人もいないだろう。そう思い、廊下に出ていった。
「あ、緑川さん!」
「えっ……?」
 ふと後ろから声がかかった。まさか自分を呼び止めたのだとは思わなくて、若干遅れてから後ろを振り返る。
 透子よりは少し長いショートカットの女の子が立っている。黒目がちな目が特徴的な可愛らしい顔立ちだった。確か、同じクラスの上川理奈という名前だった気がする。男子の間でも密かに名前が出ているので、杏奈は覚えていた。だが、特に接点のない彼女が、どうして突然話しかけてきたのだろう。
「上川、さん? どうしたの、何か用?」
「あ、えっと、大したことじゃないんだけど……」
 彼女はしどろもどろになる。それから、意を決したように言ってきた。
「あの、私とお昼、食べない?」
 意外な申し出だった。自分と同じ女の子に昼食に誘われたことはほとんどない。皆、自分を疎ましく感じていると思っていた。
「……いい、けど……」
 驚いた勢いで、杏奈は頷いてしまった。


 少し肌寒かったが、風もなく日も射していて、屋上は穏やかな空気が漂っていた。
「私、屋上来たの初めて」
 持参した弁当箱を両手に抱えた理奈が、歓喜の声を上げる。案の定人は誰もおらず、自分たちの貸し切りのようだった。
「……じゃあ、こっちで食べよっか」
 同級生の女の子に接し慣れていない杏奈は、ぶっきらぼうな口調で理奈を誘う。入り口のすぐ横に回り込んで、そこの壁に寄りかかって座る。
 何だか妙な感じだった。教室とは違う意味で、居心地の悪さを感じる。
 横をちらりと窺うと、理奈の方もそわそわと弁当箱の蓋をいじっている。話したそうな様子だった。仕方なく杏奈は購買で買ってきたパンの袋を開けながら、こちらから声をかけた。
「……いいの? あたしと一緒で。いつも友達とご飯、食べてるんじゃないの?」
「あ、いいの! 今日は他のところで食べるって、言ってきたから」
 そんなぎこちない会話の後、再び沈黙が訪れる。これは気まずいなと思っていると、不意に理奈が「あの!」と勢いよく言ってきた。
「わ、私ね。緑川さんのこと、ずっと前から可愛いなぁって思ってたの。どうしたらあんな風にお洒落になれるんだろうって、密かに憧れても、いたんだけど……」
 一度言葉を切って、彼女は舌がもつれそうな話し方で続ける。
「最近の緑川さん、もっと可愛くなってきてるっていうか……。今日の髪も、すごく似合ってるし。それでね、よかったらね、その……」
 彼女は微かに赤らんだ顔でこちらを向き、頭を下げてきた。
「色々お洒落の仕方とか、教えてくれないかな。ていうかむしろ、友達にならない……?」
 思わずぽかんとしてしまう。かなり予想外な申し出だった。見ると彼女は不安そうに上目遣いでこちらを窺っている。そんな様子がどこかの誰かを思い出させて、吹き出してしまった。
「み、緑川さん……?」
「あはは、いいよ。あたしもそんなに、詳しいってほどじゃないけど」
「あ、ありがとう! よかったぁ……」
 大げさに胸を撫で下ろす理奈。そんな素直な彼女に早くも親近感が湧き、杏奈は尋ねてみる。
「ねえ、どうしてそういうのとか、興味あるの?」
「えっ……あ、その……もっと私のこと、見てもらいたい人がいて。だから綺麗になりたいなみたいな……」
「そうなんだ。彼氏? 上川さんもやるね」
「か、彼氏じゃないけど……まあ、うん」
 ふと杏奈は、自分が自然と笑っていることに気づく。
(居場所がなかったわけじゃ、ないんだ……)
 目頭がじんと熱くなってきて、慌てて顔を伏せた。よくわからないけれど、このまま浮かび上がってしまいそうな気分だった。
「ねえ、杏奈ちゃんって、呼んでもいいかな」
「……うん。じゃああたしも、名前で呼ぶ」
 涙声になってしまわないように注意して、杏奈はそう返事をした。


 午後の最後の授業は、体育だった。
 床に膝を軽く抱えて座り、少し遠くでバスケットボールを臨場感たっぷりに奪い合っている男子たちを見つめる。
(何が楽しいんだろ、あんなの)
 そんな冷めた眼差しになってしまう。そういえばいつかの日も、こんな思いでこの授業を受けていたような気がする。
 少し目線を上げれば、コートの向こう側に、透子が立っているのが見える。姿勢良く凛とした佇まい。彼女はやはり変わらない。杏奈と関係を持つ前と。コートを挟んだ、距離は遠く感じる。
 未だに胸の内側が鈍く痛むようだ。でも、耐えられないほどじゃない。
(……きっとあたしは、この痛みを乗り越えられる)
 そう思い、組んでいた腕を強く握りしめる。
「杏奈ちゃん、どうかしたの?」
 隣にいた理奈が声をかけてくる。杏奈は何でもないような顔で彼女を見る。
「ん、何が?」
「いや、透子先生のこと、じっと見てたから」
「ぼーっとしてただけ。球技苦手だから、早く終わってほしくて」
「あ、杏奈ちゃんもそうなんだ。私もどんくさいから、ちょっと苦手なんだよね」
 そんな会話を交わす。もう自分は一人ではなかった。居場所が、ちゃんとある。無理に寂しさを埋めようとしなくたっていい。
 もう一度だけ顔を上げた。すると透子が、まっすぐにこちらを見つめているのに気がついた。杏奈の目が合っても、顔を逸らさない。どこか射抜いてくるような眼差しだった。
 ついに杏奈の方から目を逸らしてしまう。
(せんせい……?)
 戸惑う。あれは、透子の方も杏奈のことを忘れようとしている決意の表れだろうか。それとも、もしかして……。
 希望的観測が今更のように浮かんできそうになって、杏奈は無理矢理それを押し込めた。どう考えたってそれは、ありえなかった。
(だってせんせいは……)
 またわからなくなりそうで、もう杏奈は透子の方も見ないようにした。


 特に何事もなく平常通りに、体育の時間は終了した。堅苦しい号令をして解散になり、教室に戻っていく。ジャージのままの生徒もちらほらいたが、杏奈は理奈と一緒に更衣室で制服に着替えてから戻った。
 帰りのホームルームもすぐ終わった。解放された身軽さを全面に押し出しながらも、みんな教室を出ていく。杏奈も教科書類を詰め込んだスクールバックを背負って自分の席を立った。
「杏奈ちゃん、よかったら一緒に帰らない?」
 理奈がやってきてそう言ってくれた。
「えっ、いいの?」
「うん。よかったら、お洒落のこと、色々教えてもらいたいし。帰りながら話さない?」
「うん。……ありがと。じゃあ帰ろっか」
 理奈の提案を快く引き受けた時だった。
 突然後方にある教室の引き戸がものすごい勢いで開けられた。
 肩で息をした、透子が立っている。
 残っていた生徒も、そして杏奈も唖然としていた。
 彼女は教室内を見渡して杏奈の姿を捉えると、素早く歩み寄ってきた。
「緑川。話があるんだ」
 力強い眼差しが上から注がれる。
「は、話……?」
「そうだ。来てくれ」
 問答無用で杏奈の腕を掴んで、彼女は早足で歩き出す。
「ご、ごめん理奈! 悪いけど先に帰ってて!」
 かろうじてそう告げて、杏奈は引きずられるように教室を後にした。
「ちょっ……! 何なのせんせい、いきなり!」
 足の早い透子に必死で付いていきながら、杏奈は問いかける。廊下を歩いていた生徒たちが自分たちを見てぎょっとしているのがよくわかった。さすがに人目を引きすぎだ。
「悪い。大事な話がある。今じゃなきゃ駄目なんだ」
「そんなの知らない! ほっといてよもう!」
 腕を振り払った。立ち止まった透子がこちらに体を向ける。
「……緑川、頼む。聞いてくれ」
 彼女は、あの寂しそうな目をしていた。杏奈にいつも何かをせがむ時の。それは詩織のことを映し込んでいるものだと思っていた。だが今彼女の瞳の中には、呆気にとられた杏奈の姿がしっかり映りこんでいる。
「……わかった」
 どうしてかわからないが、素直に付いていく気になった。手を差し出すと彼女はやさしくそれを握り、今度はスピードを緩めて歩き出す。明らかに自分たちは異質だったが、もう人目も気にならなくなった。
 彼女は体育館に入ると、出入り口に内側から鍵を掛け、それからまっすぐに準備室へと上っていった。先に杏奈を通し、後から入ってその扉にも後ろ手に鍵を掛けた。
「……何、話って」
 あえてぶっきらぼうに尋ねる。心臓が胸を突き破りそうなほど強くうねっていた。
 期待している自分がいる。諦めようとしている自分がいる。そして気づく。
(やっぱりあたし、この人のことを忘れられない)
 生まれて初めて自分を知ったような思いだった。
「緑川……」
 俯いて押し黙っていた彼女はゆっくりとこちらに向かってくる。かと思うと、背を屈めてぎゅっと杏奈の体を抱きしめてきた。ふわりとしたしなやかさに、全身が包み込まれる。
「えっ……」
「ごめん、緑川。私も好きだ。あんたのこと、私も好きだったよ」
 耳を疑った。彼女は一体、何を言っているのだろう。
「ど、どういうこと? あたしのこと、慰めようとでもしてんの?」
「そんなつもりない。ただ、ようやく気づいたんだ」
 肩に両手を置いたまま、彼女は杏奈をのぞき込んでくる。
「……詩織には、もう昔には戻れないって、昨日言った。私には今がある。――あんたが、いる」
 どこまでも真剣な言葉の羅列。この上なく心の中は混乱していた。これは一体どういうことなのだろう。自分の見ている夢ではないのか。
 それでも彼女の言ったことを少しずつ噛み締めていって、しばらくしてから杏奈はようやく口を開いた。
「……バカじゃないの」
 そう言うのが精いっぱいだった。
「今までずっと思ってた人が現れたのに、その人じゃなくてあたしを選ぶわけ? ほんとバカ。意味わかんない。せっかくあたし……せんせいとのこと、忘れようとしてたのに」
 足下から震えそうになった。涙などもう出ない。その代わり体の内側から、激しい感情が溢れてくるかのようだ。
 そんな自分を、透子は再び優しく胸の中に導いてくれる。
「……ほんとにごめん。でももう、決めたから。これでいいんだ」
 彼女の唇が、当たり前のように杏奈の唇に重なった。お互いの存在を確かめるために、ひとまずは触れ合うだけのキス。それだけで内側にある熱が肌の表面に引き出されていく。
「……せんせい、抱いて。ここで」
 杏奈は言う。もう透子と同じく、自分も迷っていなかった。
(今はただ、せんせいのこと、感じたい……)
 これがしっかり現実であると、彼女を通して思い知りたかった。
「じゃないと、もうずっと許してあげないから」
「ああ、わかった。……なあ、緑川」
「何?」
「その髪形も、すごく似合ってる。可愛いよ」
「……バッカじゃないの。今更すぎ」
 照れ隠しに逸らした顔に手が添えられて、そのままもう一度唇を塞がれた。
 


「ここ、座って」
 勧められたパイプ椅子に杏奈が座ると、透子はその前に膝をついて三度目のキスをしてきた。今度は深い。口を開くとその求めを察したのかすぐに舌が入ってきてくれる。舌同士をもつれさせ、絡ませて。少し時間をかけながらお互いの存在を確かめ合った。
 そうしている間にも、彼女の手がセーラー服の上から杏奈の二つの膨らみを撫でてくる。その形を確認するように指が食い込んだ。
「んんっ……」
 力の入った指が軽く沈み込んでくればちょっとした疼きが体を走り、杏奈は小さく吐息を漏らしてしまう。
「緑川……もう、脱がしていい?」
 口を離し鼻先で首筋をくすぐりながら、透子が尋ねてくる。
「いいけど……」
 返事をするとすぐにリボンが解かれ、腕を上げられて制服の上を抜き取られた。まさかこうなるとは思っていなかったので、ブラは比較的地味なものだった。気恥ずかしくて胸元を隠した腕に、透子は舌を這わせる。
「あっ……そんなとこ」
「今更恥ずかしいとか、言わないだろ?」
「い、言わないけど……」
「じゃあ、しっかり見せて」
 甘えるような声。それにつられて腕を下ろした。「ありがと」と言った彼女は間近で杏奈の体を見つめながらそのむき出しの素肌に手のひらを這わせる。視線もその動きも、そこはかとなくこそばゆい。
「……私に触ってて楽しい? せんせいの方が、ずっと綺麗な体してるのに」
「楽しいよ。私は緑川のこの体が、好きなんだ」
 直球の不意打ち。顔が熱くなる。照れているのを悟られまいと、杏奈は動く彼女の両手を掴んで止めた。
「……その、緑川ってやつ、やめてよ」
「えっ?」
「……いや、あたしあんまり自分の名字、好きじゃないっていうか」
 しばし迷ったあと、彼女は上目遣いで杏奈を見ながら口を開いた。
「……杏奈……?」
 衝撃があった。頭を思い切り殴られたようだ。ただ名前を呼ばれるという行為がここまで自分の心を揺さぶるとは思わなかった。彼女は生徒のことを、決して名前では呼ばないから。
(別にそれだけだけど……やっぱり、嬉しい)
 杏奈は体を前のめりにして、透子のジャージを掴んだ。
「……あたしにも、ちょっと触らせて。せんせいの、体」
 透子の目が見開く。それから鼻を指で擦って、微かに彼女は頷いた。
「じゃあせんせいも上、脱いじゃって」
 ジャージのファスナーを下ろすと、彼女は自分から上着を脱ぎ、それからややぎこちなくTシャツもすっぽりと脱ぎ捨てた。今日は授業があるからか、デザインより機能重視といったスポーツブラをしていた。それが彼女の豊かな実りを包んでいる。
 ぐいっとそれを持ち上げると、乳房が勢いよく姿を現した。
「わっ、ちょっと……!」
「せんせいのおっぱい、やっぱり大きいね……それに、すっごく柔らかいの」
 すかさず手のひらに収まりきらないそれを掴んでしまう。折り曲げた指が、そのまま呑み込まれてしまいそうだった。抵抗は少なく、それでも弾力がある。この世で一番心地よい感触だ、と杏奈は思う。
「ここも、もう固い……?」
「あっ! そんな、急に……っ」
 胸の先の薄紅色に色づいた果実を、口に含んだ。既に芽吹いてしこり立っている。杏奈はそれを唇でやわやわと挟み込みつつ範囲の広い乳輪を舌でなぞってやった。
「あっ、んっ……杏奈……っ」
 彼女の熱い吐息が切ったばかりの髪を撫でた。情動が湧き上がり、胸が高鳴る。
「ちょ、ちょっと待って……」
 不意に透子が肩を押して杏奈を引き剥がした。途中だったので杏奈は不満を顔に表す。
「何、せんせい。触らせてくれるって言ったのに」
「ごめん。今日はさ……私に触らせてよ。もう限界っていうか……」
 こちらを見つめる彼女の瞳は、余裕もなく揺れていた。いつかのあの寂しさを帯びた光じゃない。彼女は今、杏奈自身を求めていてくれていた。
(だから……反則でしょ、そういうの)
 静かに頷くしかなかった。心なしか透子の表情が明るくなる。
「……ありがと、杏奈」
 彼女は顔を寄せてきて、また唇を奪った。割り込んできた舌もどこかおぼつかなく荒々しい。それでもそんな素のままの自分を見せてくれることが、嬉しかった。
 キスを続けたまま、彼女の手が背中に回りブラのホックを外した。ブラを取り、ささやかな柔丘に手が触れる。
「んっ、ふっ……」
 やや強めに揉みしだかれて、吐息が漏れた。舌の動きも止まず、杏奈の口の中を掻き回している。頭がくらくらとしてきて、どうにかなってしまいそうだった。
「……じゃあさっきの、仕返しな……?」
 そう言った透子はいきなり杏奈の胸の小さな突起にむしゃぶりついた。舌で弄ばれ、唇で吸われ、歯で軽く甘噛みされる。びりびりと鈍い電気が走るような感覚。
「あんっ、気持ちいいよ、せんせい……」
 もう一方の突起も指先でくりくりとこねられる。それに反応して自分の蕾が固くなっていくのがはっきりわかった。
 一度口を離した透子は、更に身を屈めて胸の間からお腹の辺りまで舌で滑り降りていった。背中やウエストのラインを手で撫で回しつつ、お臍に舌を入り込ませてくる。そしてお腹に何度もキスの雨を降らせ、ぽつぽつと赤い跡をつけていった。
「せんせ……跡、つけたら……っ」
「大丈夫、ここなら見えないだろ……?」
 続けて肌に吸いつかれる。もう彼女は、自分に対して遠慮などしていないのだろう。刻まれたキスマークは、その証だ。
 彼女が杏奈の履いているスカートに手をやった。横にあるホックを取り外し、ジッパーを下ろしていく。杏奈が腰を上げると、スカートはするりと外され、ショーツだけを纏った姿になる。
「これも……」
 それもすぐに脱がされた。布地と股との間に、粘液がとろりと銀色の橋を架ける。ショーツを取り去る際に彼女は杏奈の上靴も、ハイソックスも外した。これで、もう何も纏っていない状態になる。
「腰、もっと突きだして……。そう……」
 パイプ椅子の背もたれにだらしなく寄りかかる格好で、杏奈は両足を前にいた透子に大きく割られた。彼女のまじまじとした視線が、自分の幼い淫裂を捉えている。やはり恥ずかしさはあった。
(全然慣れないな、これ……)
 きっと何度こういうことを繰り返しても、そんなものなのだろう。そう思うと同時に、杏奈は自分がこれからも透子とこういうことをしていくのだと気づいた。
(もう、不安定な関係じゃ、ないんだ)
 彼女の左手の指が、杏奈の幼肉をくつろげる。そして右手の指がそっと広げられた肉襞の間を抉った。ひときわ強い刺激が走る。
「んあっ! はっ、ふぁ……っ」
「すごいよ。ほら、もうこんなに」
 顔の前に掲げられた透子の指が、杏奈の粘液でてらてらと光っていた。かっと羞恥が噴き出す。
「なっ、や、やめてよそういうの……っ」
「悪い。杏奈の恥ずかしがる顔、好きだからさ……」
「……だからもう……っ! このむっつり教師……!」
(こういう時だけ、素直にならないでよ……!)
 恥ずかしさが先走って、どんな反応をしたらいいのかわからなくなってしまうのだ。
「あっ……!」
 杏奈が悶えている隙に、彼女は足の間に顔を忍ばせていた。広げたままの亀裂を、舌を擦りつけるように舐め上げてくる。
「んん……っ! あっ、やあぁっ!」
 溢れた蜜を啜り、薄く小さな襞を唇の先で食んで弄んできた。熱い。そこから全身に熱が回っていくようだ。
「杏奈……可愛い」
「あっ、もっ……そこで、しゃべんなっ……!」
 些細な彼女の吐息ですら感じてきてしまう。過敏になっている。
 それなのに彼女は舐る舌を休めない。強弱を巧みにコントロールして、杏奈の疼きを次第に強くしていく。
「あくっ、も、ダメっ、んんっ、せんせっ……!」
 包皮の上から膨張した肉芯を繰り返し舌先でくすぐられて、一気に絶頂感がせり上がってきた。
「せんせ……いっ、あっ、あぁっ……!」
 伸びていた背がぐっと反り返る。小刻みに体が震える。軽く達してしまった。荒く吐かれる自分の息が、他人のもののようだ。
「杏奈……いっちゃったの……?」
「か、軽くだけど……って、せんせ、待っ……! んはぁっ!」
 何かが蜜口にあてがわれたかと思うと、彼女の人差し指と中指が一気に自分を貫いた。油断していた分だけ、それだけで再び絶頂に引き戻される。
「きつっ……。また、いったのか……? 締め付け、すごいよ……?」
「んあっ、う、うるさいっ! やめっ……あっ、ちょっ……とぉ……っ!」
 二つの指は入り口付近の上壁をぐっと持ち上げる。体が痺れ上がった。もはや呼吸さえ忘れてしまいそうになる。
「はっ、はっ……。恐い……っ。せんせ、恐いよぉ……っ!」
 快楽にまみれすぎて、自分が自分ではなくなってしまいそうな感覚に怯んでしまう。
 そんな杏奈を、透子はぎゅっと包み込むように抱きしめてきた。柔らかくしっとりとした肌が、自分の肌に密着する。杏奈は彼女の背中に、腕を絡めた。
「杏奈……っ」
 耳元で名前が囁かれる。彼女の指は奥深くまで穿ってきた。体中に、そしてその内側にまでも、彼女を感じている。紛れもない彼女の存在を。
「もっと……名前、呼んで……せんせいっ」
「杏奈、杏奈っ……。好きだ、杏奈……っ」
 彼女の甘い声が、意識を満たしていく。もうここで死んでもいい。そんな幸福感があった。間違いなく自分は、これまでの人生で一番の幸せを、今感じている。
「あっ! きちゃう……っ、せんせ、だめっ……あっ、ああぁぁ……っ!」
 体が大きく痙攣して、思考が流されていく。目の前が真っ白になった。
 どれくらいの時間、そうしていただろうか。折り重なっていた二つの体は体温も鼓動も何もかも分け合って、一つになっていた。
「せんせ……好きだよ。大好き」
「……ああ、わかってる。ごめんね、杏奈」
 彼女の温もりに、その優しい声に、髪を撫でる優しい手つきに、心が満たされていく。
 杏奈はうっとりとそのまま、目を閉じるのだった。


 翌日の放課後。杏奈は透子の車に乗って、一緒に駅前へと赴いた。
 大体予想はついていたが、案の定キャリーバッグを携えた詩織が、そこで待っていたのだった。
「悪いな、急に。……詩織が、どうしても最後にあんたに会いたかったらしくて」
「ああ、杏奈ちゃん。ごめんね、わざわざ。私、今日で帰るんだ」
 困惑気味の透子に対し、詩織はにこにこと活発そうに微笑んでいる。
「何であたしを……?」
「ん? まあ、色々とね」
 訝しみながら尋ねると、詩織が手招きしてきた。それから杏奈に顔を近づけ、小さな声で言ってくる。
「杏奈ちゃん、やっぱり先生と仲良かったのね。付き合ってるんでしょ?」
 どきりとした。やはり気づいていたらしい。だが彼女の態度には特に含みなどなく、むしろ和やかささえ感じられた。
「透子先生ね、意外と甘えん坊で寂しがり屋だから。……お願いね、杏奈ちゃん」
 そう言って彼女は片目を閉じた。どうやら杏奈と透子の関係に気づいた上で、彼女は祝福してくれているようだ。
 おそらくそれを伝えたくて、この場に自分を呼んだのだろう。
「……はい、わかりました」
 杏奈が笑うと、彼女もにっこりと笑みを深める。もう何も、後ろめたい思いなどなかった。
「じゃあ私、もう行きます。先生、お元気で。杏奈ちゃんもね」
「ああ。……詩織、これでよかったのか?」
 別れ際、ふと透子がそう詩織に問いかけた。彼女は一瞬だけぽかんとしたあと、満面の笑みを見せる。
「……はい。先生が幸せそうで、よかったです。それじゃあ」
 彼女はこちらに大きく手を振りながら駅の中へと消えていった。彼女は彼女で、自分の気持ちに決着をつけた、ということだろうか。歩いていく姿はどこか軽やかだ。
「詩織さん、知ってたんだね。あたしたちのこと」
「そうみたいだな」
 透子もそのことには気づいていたらしい。深く頷いた。
 彼女はまだ駅の方を見つめている。詩織への想いは、多分まだ薄れているわけではないのだろう。
(まあ、それも仕方ないよね……)
 そう思いつつも、やはり複雑な気持ちにはなってしまう。
「なあ、杏奈」
 すると、不意に透子が声を掛けてきた。
「ど、どうしたの?」
「私はあんたのこと……ちゃんと、好きだからな。安心してもいいよ」
 あらぬ方向を向いた顔は、仄かに赤く染まっているようだ。
(もうほんとに……この人は)
 日溜まりができたかのように、胸の中に温もりが広がっていく。きっとそれが、彼女の本心なのだろう。
(……もちろん。ちゃんと信じてるよ、せんせい)
 そう強く思う。だが今はそれを言葉にはせず、真面目な彼女をちょっとからかってやることにした。
「ねえ、せんせい。そういうのって、しっかりあたしの方見て言わないとダメなんじゃない?」
「えっ? ちょっ、あんたね……」
「はい、じゃあもう一回。いいでしょ? ここ、今大事なところだよ?」
「そんなこと言ったって……」
 見るからに慌てふためく透子に腕を引いて、杏奈はにっこりと微笑みかけた。
「ほらほら、ねえ早くってば。――こっちむいてよ、せんせい」

  〈完〉




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