こっちむいてよ、せんせい


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3話 せんせいのこと教えてよ





 土曜日。天気は晴天というわけにはいかず、やや曇っている。しかし幸いにも雨が降る心配はなさそうだった。
(えっと、この時間で本当によかったんだよね……?)
 通っている学校から少し離れた電車の駅前。杏奈はスマートフォンで時間を確認しつつ一人そわそわしていた。
 さすがに学校の前はまずいだろうということで、待ち合わせる場所はここになった。そう、今日杏奈は、自分にとって教師である透子の家に招かれているのだった。
(この格好、変じゃないかな……)
 何を着ていくかじっくり検討したものの、派手に着飾るのも変なので結局無難な組み合わせにした。デニムのショートパンツに、胸元が少し開いたシャツ。それに上着を羽織っただけのシンプルな服装。夏の暑さも落ち着いた時期で季節感はズレていない。おそらく、大丈夫だと思う。
 落ち合う時間は午後一時だ。もうすぐだったが、透子の姿は見受けられない。遅れているのだろうか。
(自分から誘っておいて遅刻とか、勘弁してよね)
 そんなことを考えていると、不意に目の前に軽自動車が止まった。運転席側の窓が開き、透子が顔を出した。
「ごめん、待たせたか?」
「透子せんせい。えっ、車?」
「まあちょっと歩いていくには遠いからさ。ほら、乗って」
 控えめに笑って彼女は手招きする。杏奈はどきりとした。他の生徒と談笑しているところは見かけていたが、自分に笑い掛けられたことはなかったのだ。
「お、お願いしまーす……」
 のそのそと助手席に乗り込む。芳香剤なのか車内は花のような香りが漂っていた。杏奈がシートベルトを締めると車は動き出した。
「せんせい、休みなのにジャージなの?」
 ハンドルを握る透子は学校にいるときと変わらない上下ジャージ姿だった。まさかこれ以外に服を持っていないのでは、と疑いたくなる。
「いや、今日午前中だけバスケ部の練習あって、そのまま真っ直ぐ来たんだ」
 だから着替えられなくて、と彼女が言う。そういえば、バスケ部の顧問をやっていたのだった。
「本当はその後仕事あったんだけど、時間をずらしてきた。しばらくしたらまた学校に戻らないといけない。……悪いな、慌ただしくて。ここ以外あまり時間作れなくてさ」
 眉を下げた彼女は本当に申し訳なさそうだった。教師というのはなかなか多忙な職業らしい。
(でもそれって、あたしのためにわざわざ時間作ってくれたってこと……?)
 今更気づいた。これは特別扱い、と言っても差し支えないのではないか。そんなことをしてくれるくらいには、彼女は自分に心を許してくれているのだろうか。
(だからあたし、そこでにやけそうになるな! 意味わかんないでしょ!)
 持ち上がりかけた口の端をごまかすために両手で頬を持ち上げる。
「あのさ、緑川……」
「何?」
 呼びかけられてあえて仏頂面で応じる。
「……私服。初めて見たけど、可愛いよ」
 前を向いたまま、ぼそりと透子が言う。体がぴんと伸びて固まった。
(だからもうっ。ほんとに何なのこいつ!)
 そう思いつつも鼓動はえらく元気に飛び跳ねている。今まで男に掛けられてきた褒め言葉よりも嬉しいのは、一体何故なのか。
 困惑する杏奈をよそに、車は周りの風景を後ろへ後ろへと流していった。


 十分ほど走ってから、車は住宅地の一画で止まっていた。
「ここ、私の家」
 透子が顎をしゃくった先に、少し年季が入ったアパートがあった。二階建ての小ぢんまりとした外観で、並んでいる扉を外から数えることができる。セキュリティも何もない感じだった。
「……教師って、給料少ないの?」
 散々迷ってから、杏奈は遠回しでかつ直球な感想を漏らす。透子が軽く頭を小突いてきた。
「余計なお世話だ。……まあ、給料は少ないけどな」
 車から降り、透子に先導されながらコンクリートの階段を上る。二階の一番奥の扉の前で彼女は立ち止まった。
 鍵を開けてドアノブに手を掛けた彼女は迷っているみたいだった。ちらりとこちらに視線を送ってくる。
「……いいのか、緑川」
 やけに深刻そうだった。もちろんそれがどういう意味なのか、杏奈は承知している。
(……まあ、今更、だよね……)
 頷いた杏奈を見て、透子はゆっくりと扉を開いていった。
 部屋はワンルーム構造のようだった。てっきり散らかっていると思いきやそんなことはなく、片付いていて清潔感があった。家具は必要最低限のものしか置かれていない。玄関のすぐ横にキッチン、そしてトイレらしき扉がある。
「お邪魔しまーす……」
 中に通されると、背の低いテーブルのところにクッションを引かれて座らされた。すぐ横にシングルサイズのベッドが置かれている。
「人を呼んだことないから、あまりおもてなしはできないけど……」
 鼻を掻きながら透子が言う。照れたときにしてしまう癖らしい。
「ジュース、お茶、コーヒー、どれがいい?」
「じゃあえっと、ジュース……」
「わかった」
 彼女はキッチンに向かい冷蔵庫の中を物色し始めた。杏奈は自然と周りを見渡してしまう。
(ここ、せんせいの家なんだよね……)
 改めて自分の置かれている状況を確認する。素行もあまりよろしくない自分が、よりにもよって体育教師の家の真ん中にちょこんと座っているのだ。かなり異質なことだと思う。
 置かれているものこそ少ないが、そのどれにも生活感がにじみ出ている気がした。彼女がこの部屋で一体どのような生活を送っているかが、目に浮かぶようだ。
(テレビを見てるせんせい、ご飯を作ってるせんせい、お風呂上がりのせんせい。そして、寝転がってるせんせい……)
 目線がすぐ隣にあるベッドに向く。コップに飲み物を注いでいる透子の背中を確認してから、杏奈は敷かれている掛け布団にそっと顔を近づけた。
(うわっ、マジ何やってんのあたし……)
 鼻先を布団に押し当てて少し息を吸ってみる。しかし期待していたものとは異なり、石鹸のような香りを臭覚が捉えた。
(……これって、ファブリーズ? ってことはせんせい、やっぱりそのつもりなんだ……)
 念入りに振りまかれたであろう消臭剤に透子の心境を読みとり、妙に生々しく感じられた。
「……何してんの?」
 コップを二つ持った透子がきょとんとしていた。慌てて杏奈はベッドから離れる。
「え、あ、いや、せんせいのベッド、ふかふかだねぇ。あはは……」
 姿勢を正して言うも、かなり不自然な言い訳になってしまった。だが透子は特に追求してくることなく杏奈の斜め前に腰を下ろし、テーブルの上にコップを置いた。白っぽい飲み物は、どうやらスポーツドリンクのようだ。ジュース、といってそれが出てくるところがいかにも体育教師っぽい。
「……せんせい?」
 彼女はコップを掴んだまま黙りこくっている。そして俯いたままおぼつかない口調で言ってきた。
「……なあ、緑川。私の匂い、そんなに嗅ぎたかった……?」
 ぎくっとした頃には彼女は手をついてこちらににじりよってこようとしている。急変した雰囲気に、杏奈は後ずさりする。
「え、ちょっ、透子せんせい……?」
「……いいから。こら、逃げるなって」
 至近距離まで迫ってきたかと思うと、次の瞬間彼女は杏奈を自分の体で包み込んでいた。
「……逃げないで、緑川」
 切実そうに吐き出される言葉。きっとまた彼女は、あの寂しそうな眼差しをしているのだろう。肩口の辺りに顔が置かれているので表情はわからなかった。
(うわっ、すご……何これ……)
 杏奈は呆気にとられている。絡みついた腕も、重なり合った体も、そして杏奈の同じところに当てられた、控えめとは言いがたいその胸も。彼女を構成している全てが柔らかくてぼんやりと熱を帯びていた。女の人に抱きしめられると、こんなにも気持ちいいものなのかと驚く。
「せ、せんせ……今日は話、するんじゃないの……?」
 かろうじてそう尋ねると、透子は腕の力を更に強めて杏奈と密着した。
「……ごめん。後でいい?」
 甘えの入り交じった囁きが耳にかかる。
(これって……求められてる?)
 胸の内が激しく脈を打っていてやかましい。ふと彼女に密着した部分からも、小刻みな振動が伝わってきているのに気づいた。まるでくっつき合ったことでお互いの思いが共鳴し合っているかのようだ。
 透子も感じたらしく、口を開く。
「緑川の心臓、すごく早いな」
「せんせいだって。人のこと、言えないじゃん」
 そう言い合って二人は微かな笑みを浮かべる。つい先日、体を重ね合わせたばかりだというのに。ぐっとその距離は縮まっているように感じた。


「せんせ……んっ」
 腕を緩めた透子が、いきなり唇を奪ってくる。湿った唇の表面が擦れて、彼女は舌先で唾液のルージュを引いていく。こそばゆくて愉快な感覚。
「口、開けて」
 言われた通りにすると、すぐ舌が口の中にもつれ込んできた。ほぼ同時にゆっくりと押し倒されて、ラグの敷かれた床に背中がつく。横たわった杏奈の上に、キスを続ける透子がのしかかるような形だ。
「んんっ、んふっ……」
 吐き出した空気までかき乱すかのように、彼女の舌使いは少し荒々しい。あまり余裕がないのかもしれない。ここは学校ではなく自分の家であるという安心感もそれに拍車をかけているのだろう。
(……でも、全然イヤじゃないというか。せんせいになら、もっと乱暴にされても……)
 絡みついてきた舌に、杏奈の舌もぎこちなくだが抱擁を返す。もつれて綻んで、また違う方向に絡んでを繰り返した。二人の間で唾液がぐちゃぐちゃに混ざり合って、もうどちらのものとも知れなくなるほど、濃厚なキスだ。
(……すごい、気持ちいい。キスしかしてないのに……)
 唇が離れても、甘美な余韻が体を痺れさせている。くらくらしてきた。
「大丈夫か、緑川」
「……キスするなら、するって言ってよバカ……」
「……悪い。次からそうするよ」
 透子が二つ分けにした髪をそっと撫でてくれる。気遣うような手つきが心地よい。こんな風にしてくれたのは、今までで透子だけだった。
「……じゃあ、触るからな」
「あっ、んっ……」
 シャツの上から、杏奈のなだらかな膨らみにふわりと彼女は手を掛けてきた。たったそれだけなのにもう熱い吐息が漏れてしまう。
「こっちも……」
 顔を下ろしてきたと思ったら、細い首の側面に軽く歯を立てられた。胸に置いた手も動かしつつ、薄い皮膚の上に舌を突き立ててくる。
「はぁっ、んっ、せんせ……」
 すぐさま服がめくり上げられ、今度はおへその横辺りに口づけが降ってきた。跡が残ってしまうのではないかと心配になるほど強く吸い付いてくる。全身の肌が泡立った。
「服、脱いじゃおうか」
 透子の手がシャツの裾を掴む。杏奈は慌てて体を起き上がらせた。
「ちょっ、せんせい。……ここですんの?」
「ベッド行く?」
「……できれば」
 二人は肩を並べた状態で手狭なベッドの上に腰掛けた。上着もシャツも脱いで上半身はブラだけの状態になると、ふと透子が熱い視線を送ってくるのがわかった。
「……あのさ、緑川」
「な、何……?」
 遠慮がちな言い方に、杏奈は何か要求してくるなと感づく。短期間のうちに彼女の思考パターンは大体察知できるようになっていた。
「今日はさ、全部脱いでくれる……?」
「え、ええっ?」
 案の定大胆なことを申し訳なさそうにお願いしてきた。そういえば、今までが学校だったせいか杏奈は部分的に脱ぐだけで済ませていたような気がする。ここでは人に見られる心配もないし、そうなるのはまあ当然のことなのかもしれない。
(でも、せんせいの方が一度も服脱いだことなくない……?)
 そこで閃いた。思わず意地悪な笑みを浮かべてしまう。
「……じゃあさ、せんせいも脱いでくれたら、いいよ」
「えっ、私も?」
「イヤならあたしも脱がないからね?」
 透子は口元に指を当てて悩んでいる。彼女の内なる葛藤の声が聞こえてくるようで、杏奈は吹き出しそうになった。
「……わかったよ。脱げばいいんだろ」
 やがて半ば自棄気味に彼女が言ってきた。てっきり断ってくると思っていたので意外だった。
 お互い無言で顔を合わせないまま自らの衣服を脱ぎにかかる。衣擦れの音がはっきりと聞こえていて、今更気恥ずかしさが芽生えてきていた。
(うわぁ、よくわかんないけど変な感じ……)
 もちろん人前で裸になるのは初めてではない。だが透子とだと何もかもが新鮮だと錯覚してしまう。男の前でさえ恥じらったことさえないのに、どうして彼女だけ。
 服を脱いでブラを外し、ショートパンツ、ショーツも下ろす。履いていたハイソックスまで足からすっぽり抜いた。完全に、生まれたままの姿だ。改めて自分の体を見下ろすと、薄く未熟であることを自覚する。こんなものに触って何が楽しいのか、とは常に考える。
「……せんせい、脱ぎ終わった?」
「……ああ」
 どちらからともなく視線を相手に送る。杏奈は思わず息を呑みそうになった。
 透子の体は僅かに日に焼けた顔や四肢と違って白かった。うっすらと筋肉のついたウエストはくびれており、その上には不釣り合いなほど大きな膨らみが実っている。乳輪はやや広く、それがなおのこと先端の色づきを強調していた。しなやかで曲線の多い美しい肉体に、しばしの間杏奈は見惚れてしまった。
「……あの、緑川? そんなに見られると困るんだけど」
 恥ずかしげな透子の声で我に返った。つい素直な感想が口をついてしまう。
「せんせい、すごく綺麗……」
「……ありがと。でも私は緑川の方が、可愛くて綺麗だと思うよ」
 そう言って彼女は杏奈の首筋の辺りに指を滑らせる。胸に触れてこようとした手を、杏奈は掴んで押し止めた。
「……緑川?」
「ねえ、せんせい。今日は、あたしにも触らせて」
「へ……? 緑川が、か……?」
「そう。あたしが」
 透子に向かって、手を伸ばす。そして彼女の持つ豊満な膨らみを、軽く握り込んだ。
「あっ……! ちょっ、緑川……」
 杏奈は言葉を失っていた。手のひらに収まりきらないそのかたまりは指が沈んでいきそうなくらい柔軟で程良い弾力もある。まさか自分にもあるものにここまで驚くとは思わなかった。
(ふかふかすぎて、やばい……。胸って触っててこんなに気持ちいいものなんだ……)
「はっ……くっ……」
 強めに揉んでみると、透子の吐息が掛かってきた。恥ずかしげに睫毛を伏せて、頬を赤らめている。そんな様子に掻き立てられ、杏奈は先ほどされたのと同じく彼女の首筋をぺろりと舐めてみた。
「あはっ、緑川ってば。弱すぎてくすぐったいよ……」
 透子が小さく笑う。期待していた反応が返ってこなかった杏奈はむっとして、彼女の胸の先にある突起をいきなりつまんだ。
「きゃっ! な、何すんだよ」
「だってせんせい、強い方がいいんでしょ? ……うわっ、コリコリだねここ……」
 既に固さを帯びた大振りな肉蕾を、親指と曲げた人差し指の側面で練ってやる。間髪入れずに空いていた方も、口の中にくわえ込んだ。
「うあっ、くっ……! いきなり強めすぎだ……! あっ……!」
 指を動きも休めず、口に含んだ乳首も甘噛みしつつ舌で弄ぶ。当然味などしない。だが透子がぎゅっと目を閉じて震えているのを見ると、甘みのようなものが広がっていくような感じがした。
(癖になっちゃいそう、これ……)
 ふと、折り畳んでいた膝が彼女の太ももに当たった。僅かに思案してから、杏奈はにやりと笑う。
「せんせい。ちょっと膝立ててさ、こっち向いて座ってよ」
 言うとベッドの縁から足を投げ出した格好だった彼女は体の向きを変え、ベッドに敷かれた掛け布団の上に膝を立てて座ってくれる。だが杏奈が臑の辺りに手を掛けて開こうとすると、慌てて内股になった。
「お、おいちょっと待て緑川。あんた、何しようとしてる?」
「……せんせいのアソコ、見ようとしてるけど」
「い、いきなりそれはハードル高すぎないか……?」
「前は嫌がってたあたしのアソコ舐めたくせに。そっちの方がハードル高かったよ?」
 言われると弱いのか、渋々透子は足を開いてくれる。ここぞとばかりに杏奈はまじまじと覗き込んでみた。
 お腹の下、範囲は狭いが黒々と濃く陰りができている。そこから目を落とすと、噛み合った肉厚の花びらが二つ、見えた。
「……開いてよ、せんせい」
 ごくりと生唾を呑み込んで言う。
「えっ?」
「だから、自分で開いてみて。見ててあげるから」
「あんた、覚えときなさいよ……」
 透子は寄り添っていた肉の盛り上がりに指を置き、ゆっくりと左右に引いた。ぬちょっ、という粘ついた音と共に花びらが割れ、ピンク色に爛れた媚肉がさらけ出される。透明に滴る蜜にまみれ、てらてらと光っていた。
(……ちょっとグロいかも。でもこれが、せんせいのなんだ……)
 いつか鏡で見た自分のものとは形状が全然違う。熟れた大人の果実だった。汗の匂いに混じって、つんと刺すような甘酸っぱい香りがして、思考をかき回していく。
「あんっ……! お、おい緑川っ」
 突き出した舌で、目の前にある果肉におそるおそる触れた。そのままずり上げるように柔らかな感触を舌の表面で擦った。
「んんっ……! こ、こら! そんなことしろなんて言ってな……いっ……!」
 透子に構わず杏奈は尖らせた舌先で襞の奥に溜まった淫蜜を掻き出して飲み下す。塩気があって変な味わいだった。決しておいしいとは言えなかったが、どうしてかもっともっと欲しくて舐るのを続けてしまう。
「んっ……みどり、かわっ……!」
 乱れた透子の声が鼓膜に絡む。見上げれば少年のような童顔が今は、押し寄せる快感にあらがおうとして淫靡に歪んでいた。自分が、彼女をそうさせているのだ。
(せんせいもあたしにしてるとき、こんな気持ちだったのかな……)
 心臓が脈立っている。もっと自分の手でよがる、彼女の姿を見たいと望んでしまう。
「へっ……!?」
 しかし不意に肩を掴まれたかと思うと、瞬時にひっくり返えされて杏奈はベッドの上に押し倒されていた。息遣いの荒い透子が艶っぽく光る瞳でこちらを見下ろしている。
「えっ、せんせい、どしたの」
「もどかしいから、今度は私の番だ。……言っておくけど、もう優しくなんて出来ないからな……?」
 彼女は体をスライドさせ、伸びた杏奈の足を開いてその間に入り込む。何も隠すもののない秘所の間近に、彼女の顔があった。
「随分濡れてるな。私のアソコ、そんなに美味しかった……?」
 指先で幼肉の前門が解かれたのを感じた。わざとなのか何度かその動作を繰り返して、ぐちゅり、ぐちょっ、と粘液が泡立つ音を鳴らしてくる。羞恥がじわじわと顔まで上がってきた。
「それ、ちょっとやめて……んっ」
「どうして? 勝手にここ、ぐちゃぐちゃにしてるのはあんたでしょ? こんな音させちゃって、期待してるんだろ」
 ベッドの下に手を入れて、ごそごそと何かを探り始める透子。引き抜かれた彼女の手には、ピンク色の機械が握られていた。
 楕円形の小さな卵のような部分と丸いハンドルのついたコントローラーがコードと繋がっている。杏奈はその機械に見覚えがあった。ローターだ。
「……は? ちょっ、それで何すんの?」
「さあ、何だろうね」
 とぼけた顔をした彼女はコントローラーのハンドルを捻る。ブブブ、と低い音と共にやや大げさに楕円形の部分が振動し始めた。
「緑川は、どうして欲しい……?」
 プラスチックが内股に当てられる。機械的な震えが肌を刺激し、そこから冷気のようなものが走った。
「んっ……どうして欲しいって?」
「だから、そのままの意味だよ」
 彼女は太ももに線を引くようにゆっくりとそれを動かす。明らかに、杏奈を焦らしていた。
 戸惑いながらも杏奈は彼女の持つローターに目をやる。絶えず揺れ動く緩い形の先端が、とても卑猥なものに見えてきた。あれでもし敏感なところに触れられたら。想像するだけでぴくんと背筋が反応する。
(怖いけど……でも……)
 のろのろと、振動が内側を通って足の付け根に迫ってくる。杏奈はこれから来るであろう衝撃に備えてきゅっと掛け布団の布地を握りしめた。
「えっ……?」
 だがそれは潤った淫裂の上を飛び越え、丘の上、ほんのりと茂ってきている性毛の上に降りてきた。
「……期待した?」
 透子が蠱惑的な笑みを浮かべる。恥ずかしさが熱になってそのまま全身が発火しそうだった。
(……こいつ、あとで絶対ひっぱたく……っ!)
「あれ、怒ったのか緑川」
 目敏く察知した彼女が声を掛けてくる。杏奈はあからさまに口を尖らせて顔を逸らしてやった。性毛をかき乱していた彼女の手が止まる。
「……ほら、しっかり返事しないと」
「んあっ……!?」
 背筋がぴんと張った。彼女の指が秘裂の花びらを割って入り、粘膜を擦り上げたのだ。
「あっ、んくっ……この、淫行教師……っ!」
「聞こえないよ、緑川」
 掻き混ぜるように動いていた指先が、不意に膣口にあてがわれたのを感じた。
「……いい?」
 主人の機嫌を窺って、犬が鳴らす鼻音のような声。既に自分のソコが、彼女を呑み込もうとヒクヒクと蠢いているのに杏奈は気づいていた。
「いい、からっ……早く……っ!」
 ためらい混じりの間のあと、彼女の指が杏奈を貫いた。
「んんっ、ぐぅっ……!」
 叫びそうになったのをすんでのところで手で抑えた。さっき焦らされたのもあってか、かなり敏感になっているようだ。
「くっ……前よりは柔くなったかな……。二本目、入れるよ……」
 中程まで進んだ指が引き抜かれたと思ったら、先ほどより強い圧迫感が杏奈を襲った。びくん、と腰が跳ね上がる。
「あがっ! んあぁっ……!」
 二本の指が挿入された痛みがあったものの、杏奈は透子を受け入れているという充足感を覚えていた。
 だが今回は、それだけでは終わらない。
「……っ!? あぁっ!」
 固く膨らみきっていたクリトリスに、激しく振動するものが擦れた。ローターだ。包皮の上から一瞬掠った程度だったが、杏奈の体は動物的なうねりを起こした。
「うあっ。緑川……中、今すごいきゅってなった……」
 呻く透子はローターで濡れそぼった幼い襞肉をめくり上げてくる。それと連動するように体も震え上がった。
「はっ、んあっ! せ、せんせっ! ムリ! それほんと、やだぁ……っ!」
 弱々しく首を振るう。容赦なく押し寄せる快楽から逃れようにも動くことができない。
「でも腰、動いてるぞ……?」
 透子に言われて気づいた。更なる刺激を求めて、杏奈は無意識のうちにかくかくと腰を持ち上げていた。
「……言ったよな。もう、優しくできないって」
 追い立てるように中に入っていた指が膣壁を持ち上げる。同時に、ローターが今にも破裂しそうな肉芽に当たってきた。
「ダメっ、せんせっ! 死んじゃ……っ! ああぁ……っ!」
 背中を弓なりにして、杏奈は大きく痙攣した。訳が分からなくなるほど全身が暴れ回っている。凶暴な快感に全てを貪り喰われているような感じだった。
「んっ、んんっ、ああっ……」
 あまりにも激しい余韻に意識が耐えきれず、杏奈はそのまま気を失った。


「いやその、本当にごめん。悪かったって!」
 数分後。目を覚ました杏奈は顔を真っ赤にして、ひたすら謝る透子をベッドの枕でばしばし叩いていた。いつの間にか服を纏っていたので、きっと透子が着せてくれたのだろう。
「信じらんない! バカ! 淫行むっつり鬼畜教師っ! あたしマジで死ぬかと思ったんだからね!」
 人前で初めて意識を失くした恥ずかしさを、枕に込める。透子もまさかこうなるとは想定していなかったらしくかなり戸惑った様子だった。
「教え子にあそこまでするとか最低っ! もう知らない!」
 一通り叩き終えた杏奈は枕を放り出し、そっぽを向いた。少ししてから、小さな声で透子が呼びかけてくる。
「悪かったよ、緑川。……どうしたら、許してくれる?」
 ちらりと横目で見る。彼女はしゅんとうなだれて上目遣いで杏奈を見つめていた。やっぱり彼女は犬だった。
(ちょっと、言い過ぎたかな……)
 ようやく冷静になった杏奈は、辿々しく口を開いた。
「……じゃあ、教えてくれる? 詩織って人のこと」
 はっとなる透子。しばらく言葉を選ぶように黙り込んだ彼女は、ゆっくりと語り始めた。
「わかってると思うけど……、詩織は、私が昔付き合ってた子の名前」
「いつの話、それ」
「……丁度一年位前かな。あたしは今とは違う中学に赴任してた。あの子は、高校三年生だったかな」
 あんたみたいに私のこと、先生って呼んでたよ、と彼女は言う。
 詩織という人は透子の中学の卒業生で、ある時学校に遊びにきたことから二人は接点を持ったという。卒業を控えていた彼女に、よく進学先の相談をされていたんだそうだ。彼女は家族と離れて一人暮らしをしていたため、会うのはもっぱら彼女の家だった。
 最初に行動を起こしたのは彼女の方だ。ある日いつものように相談に乗っていたら、向こうから突然キスをしてきたのだ。驚いた透子以上に彼女は戸惑っていて、宥めるために今度は透子から口づけをした。
「それから、あの子とは進路相談以外で会うようになった。一緒に出掛けたり、ここじゃないけど、私の家に呼んだりね。……まあ、楽しかったよ。半年くらいだったけど」
 しかし高校を卒業すると同時に彼女は何の前触れもなく透子の前から姿を消した。地元の大学に進学すると透子に話していたのは、全部嘘だったのだ。彼女の行方はまったくわからなかった。
 一ヶ月ほど経ってから、メールが一通だけ届いた。
『黙っていなくなってごめんなさい、先生。わがままを許してください。先生といると、このまま自分が戻れない場所まで行ってしまいそうで恐かったの。私のことは、もう忘れてください』
 味気ない言葉が、つらつらと並べられていた。今でも透子は、そのメールを保存しているという。
 話が終わっても、杏奈は黙っていた。はらわたがぐつぐつと煮えたぎるようだ。つまり怒っていた。それを抑え、かろうじて言う。
「……自分から近づいたくせに。自分勝手なやつだね、そいつ」
「……そうだね。でも、きっと彼女も色々と悩んで葛藤していたんだと思う。あの子を責めるつもりはないよ」
 困ったように透子は笑う。そして杏奈の頭を撫でてきた。
「……でも。私のために怒ってくれてありがとな、緑川」
 どこまでも優しい手。顔が瞬間的に熱くなって、胸の奥が締め付けられる。
(……まただ。あたし、どうなってんの……)
 困惑する杏奈に気づかず、透子は壁に掛けられていた時計を見て立ち上がった。
「さて、そろそろ学校に戻らないとな。緑川、服着たら駅まで送っていくよ」
「えっ、あ、うん……」
 杏奈はまだ鈍く響いている鼓動を感じながら、ゆっくり腰を上げた。


 車は来た道を逆に辿っていく。まだ夕暮れの気配はないが、段々空が暗くなってきているのがわかった。
 杏奈は助手席で、ぼうっと窓を流れていく似たような家の列を眺めていた。
(せんせいと、その詩織って人の関係はわかったけど……。あたし、それを知ってどうしたかったんだろ……)
 先ほどから頭の中を堂々巡りしている疑問。彼女が打ち明けてくれたことで、どうしてかざわついたような落ち着かない気持ちになっているのも大いに謎だった。
 ちらり、とさりげなく透子を盗み見る。彼女は窓枠に寄りかかり右腕だけでハンドルを操作していた。表情もなく前だけを見据えているので、何を考えているのかはわからない。
(せんせい、あたしに昔のこと話して、後悔していないのかな……)
 きっと彼女はずっとこのことを、隠し通してきたのだろう。そんな秘密を、自分だけに教えてくれた。
 そこで杏奈は目をしばたいた。
(……あれ? もしかしてそれって……)
 ふと投げ出していた右手に何かが触れて驚く。透子の左手が、重なってきていたのだった。表面をまるで愛でるように小さくさすっている。
 顔を上げると、こちらを横目で見つめていた透子が、気恥ずかしそうに前に視線を戻した。杏奈はまた、自分の胸が騒ぎ出したのを感じている。
(せんせいが、あたしに歩み寄ってきてくれてるってこと……?)
 頭を殴られたかのような衝撃。それでも、もやもやと心の中に立ちこめていた霧は、すっきりと晴れ渡っている。
(あたし、せんせいのこと知りたかったんだ)
 疑問に答えが出た。そしてそこにもう一つ、付属しているものがあった。
(まだわかんないし仮説だけど……。多分あたし……せんせいのこと、好き)
 少し赤らんだ顔、照れたように握りしめてくる手、過敏な犬そっくりにこちらを窺う目。彼女の全てが、愛おしく感じている自分を、杏奈はようやく自覚した。
「緑川、着いたぞ。……緑川?」
 透子に呼びかけられて、杏奈は車が駅の前で止まっていることに気が付いた。ついさっきまで何でもなかったのに、彼女との距離を今は強く意識してしまう。
「え、あ、う、うんそうだね! ありがとせんせい送ってくれて!」
 早口でまくし立て車を降りる。しかし掴んだ扉は閉めずにその場に立ち止まってしまう。まだこのまま彼女と別れてしまうのは、名残惜しかった。
「緑川? あんた少し変だよ?」
 俯いていると彼女が話しかけてきた。心臓が、体を突き破る勢いで飛び跳ね続けている。
(……言ってみようかな。せんせいのことが、好きかもって。そしたら、どんな反応するかな)
「あのさ、せんせ……」
 思い切って顔を上げると、透子が目を見開いていた。その視線は杏奈を通り越し、後ろを見つめている。
 振り返ってみる。ちょうど駅の入り口から、目を引く綺麗な女性が出てくるところだった。背中まで伸びた漆黒のロングヘアと、清楚な雰囲気が漂う可憐な容姿。彼女はこちらを向いて透子とまったく同じ表情になり、ゆっくりと近づいてきた。
「……先生。お久しぶり、です」
 強張った笑みを作って、彼女は言う。それに対し透子はうわ言のようにただ一言、ぽつりと呟いた。
「……詩織……?」



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