こっちむいてよ、せんせい


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2話 昨日と同じことしてよ





「んんっ……はぁっ……!」
 仰向けに寝転んだ体勢で、杏奈は喘いでいた。乱れた服の間から覗く二つのささやかな丘を、誰かの手が優しく揉みほぐしている。ほっそりとしたその手の主は、体育教師の透子だった。
「せんせ……せんせいっ……!」
 彼女は不敵に微笑みながら、身をよじる杏奈を見つめている。その視線は熱く、浴びているだけで溶けてしまいそうだった。
 やがて彼女の手がお腹を伝いながら、ゆっくり杏奈の足の付け根へと下りていく。杏奈は期待に胸を膨らませて、その瞬間を待った。
 そこで、目が覚めた。
 すっかり見慣れた天井が目の前にある。窓からカーテン越しに日差しが入り込んできていて、スズメが鳴いている声も聞こえた。朝だ。今自分がいるのは家の自室だった。
「……なんつー夢、見てんのあたし……」
 自分に呆れてため息が出る。まさか夢にまで出てくるようになるとは。
 透子に体育館の教員準備室で抱かれたのは、昨日のことだった。まだあの時の感覚が体に残っている。
 あれから杏奈はまっすぐ家に帰ってきてぼうっとしていた。どう過ごしたのかも覚えてない。
 もう一度ため息をつきながら起きあがろうとして、違和感に気づいた。慌てて布団をめくり上げ、おそるおそるパジャマのズボンに手を入れる。ぬめり、とした感覚。ショーツがぐっしょり濡れていた。
「……さい、あくっ……!」
 悪態をつきながらショーツを着替える。訳の分からない苛立ちを覚えながら、杏奈は洗面所に向かおうとする。
 途中、少し広めのキッチンを通りかかった。そこには誰も姿もない。案の定テーブルを見れば、ラップのされたサンドイッチとその横に「今日も早めに出ます。夜はリビングにあるお金で好きなもの食べて」と素っ気ない書き置きがあった。
 母親の字だ。杏里はこのアパートに母親と二人暮らしなのだった。
「はぁっ……ほんとに、最悪」
 慣れているはずなのに、つい三度目のため息が漏れた。


 まだ寝起きの気だるさを引きずったまま、通学路を歩く。スマートフォンを見れば、案の定メッセージが怒濤の勢いで並んでいた。
 相手は、昨日待ち合わせをすっぽかしてしまった大学生の男だった。何の連絡もなしに行かなかったのは悪かったと思うが、彼は最後のメールで「今週末会うぞ。いつもの場所に絶対来いよ」と一方的に書いている。さすがに不快だった。普段の接し方にも身勝手さと強引さを滲ませている部分が少しあり、前々から嫌だとは思っていたのだ。すでに杏奈はいつだろうが行く気もしなかった。
(ストーカーみたいでキモいし、こいつ切っちゃおうかな。男なら他にいくらでもいるし……)
 同一アドレスのメッセージを削除しながら思う。だが今はその男たちにもまったく関心が湧かない。
(透子せんせい……)
 気を抜けばすぐ昨日のことを、透子のことを考えてしまう。あんな触れ方をされて、考えないようにしようとするのは無理だった。
(優しかったな、あいつ。むっつりだったけど)
 あれをセックスと呼んでいいのかはわからない。だけど杏奈の、相手側が興奮していてこちらだけ冷めているような印象とは、遙かに異なったものであった気がする。
(気持ちいいとかそんなんじゃなくて、もっと深いところまで感じちゃうような……)
 スマートフォンをバッグにしまうと、丁度学校が見えてきているところだった。
「げっ……」
 思わずそんな声が漏れた。正面門のところに透子がいつものジャージ姿で立っているのが見えたのだ。そういえば体育教師の彼女は、時々生徒の服装が乱れていないか、朝チェックしているのだった。今回は別の意味で顔を合わせるのが気まずい。
「お、おはよーございまーす……」
 適当に挨拶して、顔を手で隠しながら彼女の横を通る。
「緑川」
 呼び止められた。てっきり向こうも後ろめたさを感じていると思っていたのに、まさかの展開である。俯いたまま杏奈は立ち止まる。
「な、な、何かなぁ、透子せんせい……」
「スカートと、それから髪の色。来週までにしっかり直してきなよ、それ」
 思ったより冷静な声でそう告げられた。拍子抜けしてしまう。
 さりげなく顔色を窺ってみたものの、彼女は普段とあまり変わらないように思えた。態度も前のままだ。
(もしかして、意識してるのってあたしだけなの……?)
 安堵すると同時に不満も感じるという変な感情を抱えたまま、杏奈は校舎の中へ入っていった。


(もうちょっとこう、リアクションとかないわけ? あいつ……)
 教室内、数学の難解な授業内容にクラスメイトたちが苦しんでいる中、杏奈は机に頬杖をついて眉間に皺を寄せていた。手持ちぶさたな時間にいつもより苛立ちが募っている。当然透子のことが関係しているのは言うまでもない。
(せんせいにとってあれは、その程度だったってことかな)
 ただ学校の生徒と、一度気まぐれで体を重ねただけ。次の日になればなかったことにして、うやむやにしてしまえばいい。透子はそんな風に考えているのだろうか。
(もしそうだったら、あいつが準備室で変なことしてたって、学校中に触れ回ってやる)
 考えれば考えるほど怒りが湧いてくる。だがよく考えればそれは想像でしかなく、勝手に振り回されている自分に気が付いて急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
(バカみたい……。あたし、何一人でムキになってるんだろ)
 セックスなら男とそれなりの回数はこなしてきた。そのたびにそれに対する興味も期待も少しずつ冷めてきたのだ。今更執着するのなんてありえなかった。
 でもやっぱり透子に触れられたあの感じが、忘れられない。
 無意識のうちに杏奈は自分の胸に、手をやっていた。くっと指を折り曲げるように軽く小さな膨らみを揉む。
「んっ……」
 微かに吐息が漏れてはっとなった。幸いにも周りの人には聞こえていなかったらしい。それでも胸の内に、くすぶった火種のようなものが残ってしまっている。ごくりと生唾を呑み込んだ。
「……せんせー、トイレ行ってきていい?」
 杏奈は立ち上がって教壇に立つ教師にそう言い、廊下に出た。静まり返った廊下を歩き、まっすぐトイレへと向かう。
 個室に入って鍵を掛ける。便座に座った杏奈は、セーラー服の中に手を入れてブラの上から自分の胸を掴んだ。
「あっ……んっ」
 やっぱり少し敏感になっている。ぐっと強めに揉み上げてから指先で布越しに突起の位置を刺激すれば、徐々に固さを増していくのがわかった。
「あっ……透子、せんせ……」
 頭をよぎるのは、透子に触れられた昨日の記憶。体を覆う熱が加速していく。
 杏奈は服を脱がずにブラを押し上げた。現れた乳首を、きゅっと指先でつまむ。
「くっ……!」
 おへその下の辺りがじくじくと疼いていた。もう胸の愛撫だけでは物足りない。
 そっとスカートの中に手を突っ込み、ショーツの縁を潜り抜けさせる。粘り気を感じさせる程度に、ソコはやはり湿っていた。
「はぁっ、んっ、くっ……」
 粘膜に中指を擦りつけ往復させる。ちゅっ、ぬちゅっ、と小さく水音が響いていた。
「んっ、んんっ!」
 親指で芽吹いてきた肉粒を包皮ごとこねれば、貧血のときのような目眩が襲ってくる。くらくらしてきた。
(あたし、学校のトイレでこんなことしてる……。これじゃああいつと変わらないじゃんか……)
 今頃になってそう気づき、羞恥を噛みしめる。大体、自分を慰めるのも初めての経験だった。
(あれ……?)
 ある程度まで体は熱くなってきたものの、それ以上はどうにもならなかった。やはり自分の指だけでは、物足りないのだろうと自覚する。杏奈は手を止め、背をもたれて大きくため息をついた。
(……もう。どうしろっての……?)
 ショーツから引き抜いた手は自分の粘液でてらてらと光っていた。トイレットペーパーで念入りに後片づけして洗面所で丁寧に手を洗ってから、杏奈はトイレを出た。
「あ、いたいた。おーい、杏奈ちゃーん」
 教室に戻る最中、廊下で後ろから声を掛けられた。振り向くと学ランを着崩した男子が立っている。クラスの中で見たことがあったような顔だった。
(授業中なのに何してんのこいつ……)
 杏奈は不審に思いつつ口を開く。
「……何? あたし、早く教室に戻りたいんだけど」
「あ、悪りい。お前がさ、教室抜け出すの見て俺も追いかけてきたんだ。今なら誰にも聞かれないだろうし、話があんだけど」
 彼はにやけながら言う。ワックスで整えた軽薄そうな髪型も、なれなれしい話し方も、お前と呼ばれたことも、全部杏奈は気に食わなかった。きっとまた言い寄ってくる輩の一人だろう。自然と無粋な態度になる。
「いいから、早くしてよ。授業終わっちゃう」
「じゃあ今度でいいから、一発だけヤらせてくれない? お前、そういうこと気軽に引き受けてくれるって聞いたからさ。なんなら金だって払ってもいいぜ。実は前から可愛いって思ってて……」
(は……?)
 後の言葉は聞こえなかった。頭に血が昇る。思い切りひっぱたいてやってもよかったが、杏奈は堪えて抑えた声で言い放った。
「あんたみたいなバカとなんか、金積まれたって無理。あたしのこと、甘く見ないでくれる?」
 ぽかんとした彼を尻目に杏奈は憮然と歩き出す。
 どこの誰がそんな噂を流したのかは知ったことではないが、杏奈は自分の体を売りつけているようなことをしているつもりはなかった。複数の男たちと体を重ねていたのだって、そういう意図はない。
(あれ、でもじゃあそれって……)
 ふと、杏奈は思い当たる。足取りが滞った。
(せんせいもあたしのこと、そう思ってたってことなのかな……)
 誰とでも簡単に寝るような、そんな奴。もし透子が自分をそう思っていたのだとしたら。
 急に空が陰り始めたような、そんな気がした。


 学校にいるのさえ億劫になってきた杏奈は、昼休みも待たずに仮病を使って早退することにした。どうせ母親は遅くまで帰ってこない。家に一人でいるのも気が滅入りそうだが男たちと会う気にもなれず、今日はもう一日寝て過ごそうかと考えていた。
 スクールバッグを持ってきて職員室にいるクラス担任に早退届けを出し、玄関に向かって廊下を一人歩く。上靴を履いた軽い足音だけがその場に空しく響いていた。
 スマートフォンを覗けば、今週末ちゃんと来るのか、と返信を促すしつこい男のメッセージと、新たに今日会えないかと誘ってくる別の男のメッセージが入っている。杏奈はため息をついてそのどちらにも返信せずにスマートフォンをしまう。何だか、本格的に惨めな気持ちになってきた。
「緑川」
 突然呼びかけられた。顔を上げると、透子が正面に立っている。
「……帰るのか?」
 彼女は窺うような感じでそう尋ねてくる。何だよ今更、と杏奈はいじけた気分になった。
「……そうだけど。でも別にせんせいに関係ないでしょ。さようなら」
(あたしのこと、どうせ何とも思ってないくせに)
 早足で透子の横を通り過ぎようとする。
「待って」
 その腕を、透子が掴んだ。振り返れば、彼女は昨日見せた捨て犬のような表情を浮かべていたので呆気にとられた。
「ちょっとこっち来てもらっていい? 緑川」
 ぎこちなく杏奈が頷くと、手をとったまま透子が歩き始めた。
(あったかい……)
 触れた透子の手のひら。若干体温が高く、そして柔らかい。
(そういえばこうやって手を繋いで歩くの、久しぶりかも……)
 昔父親と母親に連れられて歩いていたのを思い出し、杏奈は唇を噛みしめる。
 透子の向かった先は指導室だった。対面した安っぽいソファとテーブルのセットのみの、殺風景な部屋だ。先に杏奈を導き、後から入ってきた透子は、入り口にしっかり鍵を閉めた。がちゃり、と金属の音がやけに大きく聞こえる。
「……それで? 何かあんの、せんせい。あたし、早く帰りたいんだけど」
 ソファの肘掛けの部分に軽く腰掛け、ぶっきらぼうに言う杏奈。透子も昨日のことで、思うことがあったらしい。そう知っただけで微かに心が弾んでいたが、それを表には出さない。
「……昨日のあれ、やっぱり痛かったか? 極力気をつけたつもりだったんだけど……」
 か細い声にどきりとする。彼女はまるで叱られた子供のように顔を歪めていた。さばさばした笑みを振りまいている、いつもの彼女からは想像もできなかった一面だ。
「……昨日はあんなことして、悪かった。私に触られて、気持ち悪かっただろ。教師としても人間としても失格だった。私に償えるなら何でもするから……」
 辿々しく並べられていく言葉。きっとあの後すぐに杏奈が逃げ出したから、誤った解釈をしているのだろう。
 こちらも誤解していた。自分のことを軽く考えているのだろうと思っていたが、彼女はそうではなかった。
 しっかり、心配してくれている。
(……何なの。ほんとにこいつ、訳わかんない。だけど……)
 今までにないほど、胸が締め付けられている。誰かを前にしてこんな感情が芽生めるなんて思わなかった。しかも教師らしくもなく平謝りしている、女の人を前に。
 気づけば杏奈は立ち上がり、透子の手を取っている。びくりと強ばった指を、そのまま口に含んでしまった。
「み、緑川……? ちょっ、何を……んっ」
 指の腹を舌で舐れば、彼女はくすぐったそうに顔を歪める。自分のしたことに反応してくれていると思うと、ぞくぞくした。
 指との間に唾液の糸を引きながら、杏奈は口を離す。
「……何でもするんでしょ? じゃあ昨日と同じこと、してよ」
 呟くようにそう伝えた。透子が目を見張る。
「……いいのか、緑川」
「い、いいって言ってるでしょ。早くしてよ、淫行教師」
「その呼び方、やめろってば」
「わかったから早く、透子せんせい……」
 透子は小さく頷き、先ほどの杏奈と同じように手をとって指をくわえ込んだ。指の腹、裏側、そして爪。そんな風に人差し指を丁寧に舌で磨けば、次は中指へ。
「んっ、んんっ……」
 本当に些細な刺激を感じた。こんなところまで愛撫の対象になるのだ。
「緑川、ソファに座ろうか」
 右手の指全てを唾液にまみれさせた後、透子はそう言って杏奈をソファに連れていった。当人はテーブルとの間の空間に膝をつく。
「……せんせい。上、もう脱いじゃう?」
「待って。私にやらせて」
 透子の手が器用にリボンタイを解く。包装されたプレゼントボックスにでもなった気分だ。続けて手を上げるように言われ、セーラー服の上をすっぽりと引き抜かれた。
「子供のくせに、いっつも可愛いブラしてるな。一人で買いに行くのか?」
 フリルがついた白いブラを手で撫でつけながら透子が聞いてくる。愛でられるような手つきがこそばゆく、じれったい。
「子供じゃ、んっ、ないし……。自分で買いに行くのが普通でしょ……」
 母親と買い物に出かけた記憶さえ、もはや遠いものだ。一人で居ることに、杏奈は慣れすぎていた。
「そうか……今度、一緒に行くか?」
「えっ……」
 杏奈が返事をする前に、ホックを解かれてブラを外された。それをテーブルの上に置いてから透子は緩やかな双丘に顔を近づけてくる。
「んっ、はぁ……っ」
 柔らかな舌が肌の上にやってきた。まずは胸の周りを、円を描くように辿る。膨らみを下から押し上げるように舌が跳ねると、杏奈の体が強ばった。
「ここ、もういいかな……」
 呟いた透子が、屹立した桃色の蕾をすっぽり口に収めた。
「んあっ! くっ……!」
 窄めた唇に強く吸い上げられ、舌先で繰り返し弾かれる。すでに過敏になっていた蕾が彼女の口の中で花開くような気がした。かっと体が熱くなってくる。
 ふと目を落とせば、こちらの顔を見上げている透子とばっちり視線が合った。すぐ逸らされてしまったが、物欲しそうだった瞳から、杏奈は全て理解した。
「……キスしてよ、せんせい」
「えっ、だけど……」
「いいから。あたしがしたいの」
 少し迷ってから、透子が肩に手を乗せてくる。困惑した表情の中に、密かに嬉しさのようなものが滲み出ているのがはっきりわかった。
(何かこいつ、ちょっと犬みたい……)
 自分よりずっと年上の教師にそんな印象を抱き、不思議な気持ちになる杏奈。思ったより彼女は、子供っぽい性格なのかもしれない。
「……じゃあ、するぞ……?」
 そう言われたのを合図に目を閉じた。彼女が距離を縮めてくるのがわかる。初めてキスされた時よりも、身震いするほど緊張していた。
 やがて、唇にふわりとした感触が降りてくる。
(うわぁ、柔らか……)
 重なったそれはよく言われるマシュマロよりもしなやかで、そして生々しい温度を持っている。ちゅっ、と音を立てて上下の唇を交互に啄まれた。唇そのものを味わうかのような触れ方だ。
「舌……出してもらえる?」
「ん……こう?」
「そう、そのまま……」
 突き出した舌が彼女に呑み込まれた。そして彼女の舌の方がゆっくりと絡み着いてくる。杏奈を優しく誘い出すみたいに、しなやかな動きだった。
「はっ、んっ、んんっ……」
 段々頭がぼーっとしてくる。こんなキスをされたことなど一度もなかった。濃厚で、それでいて思いやりに溢れた、そんな口づけ。
(とろけちゃいそう……何でこいつ、どこもかしこも柔らかくて気持ちいいの……)
 唇を離し、それでも間近で見つめ合った二人の荒い吐息が混ざっていく。
「すごい今、エッチな顔してる、緑川……」
 掠れた声で彼女が言う。あんたこそ、と思った。
 瞳は濡れたように光り、長い睫はぷるぷると震えている。少し日焼けした肌は薄紅色に染まっていて、鮮やかだ。彼女の方が、杏奈には淫らで美しく見えた。
「ねえ、緑川……。ちょっと立って、ソファの縁に手、ついてみてくれる?」
「え、えと、何で……?」
「ダメか……?」
(あーもうっ! そんな寂しそうな顔しないでよ!)
 仕方なく杏奈は立ち上がり、ソファの横に移動してその縁に手をついた。上半身だけを屈めたポーズだ。
「もうちょっと、お尻を突き出してみて……? そう……」
 言われた通りに足を内側にやって背筋を反らすと、後ろに立つ透子に向かってぐっとお尻を見せつけるような格好になる。体勢のせいで見えないが彼女の視線が刺さってくるのを肌で感じた。
(もおぉ、恥ずかしい……っ! こいつマジでむっつりすぎ……っ)
「緑川、触るぞ……?」
 憎々しく思っていると、そう呼びかけてきた透子が軽く覆い被さってきた。すぐさま剥き出しの背中を生温いものが滑り出した。
「ひゃあっ! ちょっ、いきなり……っ!」
 緩慢な速度で、透子は杏奈の背筋を舐め上げていく。彼女の舌が擦れて、そこからぞくぞくと微弱な電気が走る。背中にはたくさんの神経が通っていて敏感だと聞いたことがあるが、ここまで感じるものなのだろうか。
「あっ……!」
 透子の手がスカートをめくり上げ、ショーツの上から小振りなお尻を撫でた。そして端に指を掛ける。
「これもう、脱がすぞ」
「んっ、う、うん……」
 するするとショーツが下ろされた。布地が肌に擦れる感触さえ、今の杏奈は過敏に受け止めてしまう。
「んあぁっ! くぅっ……!」
 ぐちゅり、と粘ついた水音が響き杏奈は背を仰け反らせる。透子が足の間の少女器官に指を忍ばせたのだ。盛り上がった肉の膨らみに割り込み、割れ目の形を確かめるようになぞられる。
「あぁっ、はんっ、そんないじり方ぁ……っ!」
「すごい……。ぐちゃぐちゃだな、ここ。前の時よりも濡れてるじゃない……」
「あんっ、うるさいっ……喋んなバカ……!」
 二本の指を使って器用に薄い肉襞を開き、中指が粘膜を刺激する。溢れだした蜜をかき混ぜ、掬いとるような動き。ぴくり、ぴくりと腰が小刻みに跳ねた。痛いくらいお腹の奥が疼いている。
「指、入れても平気……?」
 透子の囁き声が湿った息とともに耳にかかってくる。
「入れ、てぇ……っ、透子、せんせっ……!」
 震える声でそう告げた、すぐ後。透子の指が、少しずつ杏奈の中に侵入してきた。
「んぐぅっ、あっ、せんせぇ……っ!」
 細い指なのに、全身を雷に打たれたかの如く強い快感が襲い掛かる。それだけで達するところだった。
「きつっ……、緑川……すごい熱い……」
「……だからっ、言うなってばぁ……っ」
「もうちょっと力抜いて……。指が痛い」
「そんなのっ、無理だよぉ……っ!」
 自分の体がどうなっているのかさえ定かではない。少し気を抜けば意識ごと呑み込まれてしまいそうなのだ。
「あっ、滑ってきた。もう少し、入るぞ……」
「あっ、あぁぁっ……!」
 膣壁を押し広げながら指は更に奥へ潜ってくる。杏奈は悲鳴を上げそうになった。
(何で……こんなに気持ちいいのっ……?)
 これまでにないほど乱れている自分が、怖かった。このままだと、一体どうなってしまうのだろう。
「緑川……可愛いよ、すごく……っ」
 透子が甘く囁きかけてくる。彼女の声で、頭の中を一杯にされてしまう。
「あっ、あっ、あぁ、んあぁっ……!」
「もっと声、聞かせて……?」
 透子がぐっ、ぐっと繰り返し杏奈の中を持ち上げる。強烈な痺れが意識まで浸食してきた。
「せんせっ、それだめっ、だめぇっ! あっ、ああぁぁっ……!」
 膨らみきった快感が一気に爆ぜた。腰が跳ね上がる勢いで痙攣し、限界まで杏奈は背筋を反り上げた。あまりにも鋭く深い感覚が、自分の全てを支配する。
「……緑川の中、締まってる……っ」
 透子の恍惚とした声が聞こえたような気がした。彼女の感触を確かに感じながら、杏奈は引くことのない白い波の中で震え続けていた。


 扉の向こう側から、行き交う生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。しかし指導室の中は、少し気まずい沈黙が立ちこめていた。
 杏奈と透子は、向かい合ったソファにそれぞれ腰を落ち着けている。昼休みに入ってしまったようで、出るに出られなくなってしまったのである。
 別に押し黙っているわけでもなく、お互い話を切り出そうか探り合っている空気だった。声を掛けようにも何を言えばいいかわからない。
 しかし結局、透子の方から話しかけてきてくれた。
「緑川……体、どこか痛いところないか」
「……別に、平気」
「そうか。……また、あんたにこんなことしちゃったね……」
 バツが悪そうに彼女は横を向く。教師と生徒、それも相手は未成年という境目を、どうしても彼女は意識してしまっているようだ。もちろん杏奈もそうだったが、また謝られても仕方ないので、口を挟むことにした。
「……ねえ。詩織ってさ、誰のことなの?」
 ぎくりと透子が固まる。彼女が自分を慰めていた時、呼んでいた名前。ずっと気になっていた疑問をやっと尋ねられた。
 しばらく黙り込んでから、彼女は言う。
「ここではちょっと……言えないな」
「どこでならいいわけ」
 どうせ教えるつもりなどない癖に、と杏奈は内心唇を尖らせた。だが、透子は、まったく予想外なことを言い出した。
「……私の家、なら」
「は? 先生の家……?」
「ああ。今週末、予定がなければ私の家に、来るか……?」
 しきりに鼻を擦ってあからさまな照れ隠しする透子。あまりに唐突で、かつ大胆な誘いだった。
(せんせいの家、か……)
 心臓がはしゃいで、胸を陽気に叩いている。顔がにやけそうになるのを懸命に堪えてしかめ面を作り、杏奈は答えた。
「せ、せんせいがそう言うなら、予定を開けてあげなくもない、かなぁ」
(あたし、何嬉しいとか、思っちゃってんの……? バカなんじゃないの?)
 色々なものがごちゃ混ぜになった複雑な思いが、杏奈の中に渦巻いていた。



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