魔法少女は悪のとりこ


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その3





 昼休みの花ヶ丘小学校。給食の時間に五年生の教室は活気づいていたが、友里はその真ん中で自分の机に突っ伏し、どんよりした空気を放っていた。
「どうしたの友里ちゃん。今日はかにクリームコロッケの日なのに、地球が終わったみたいな顔してるよ」
 友人の瑞香がそばにやってきた。いくら大好物とはいえ、今日の気分では食べる気にもなれない。
「……ねえ、瑞香。正義って何なんだろうね」
「うわっ。正義の魔法少女リリカルリリィが、それで悩んでるの?」
「そりゃああたしだって、普通の子供ですし……」
 昨夜妃と話してから、ずっと頭の中をぐるぐるしている問題だった。
 正義。そして悪。わからない。あたしは正義というもののせいで、愛する人と戦わなければならないのだろうか。それは、正義だと言えるのか。
「ねえ、友里ちゃん。正義ってさ、きっと固定化されたものじゃないんだって、私は思うよ」
 瑞香が言ってくる。友里は顔を上げた。
「ほら、人によって信じるものって違うでしょ。だから自分が信じるものを、そしてそれを信じる自分を突き通すのが、正義ってものなんじゃないかな」
 言ってから瑞香は「リリカルリリィにこんなこと言っちゃった」と照れ笑いを浮かべる。
「自分が、信じるもの……」
 あたしが信じるものって、何だ。
 突如、校舎全体が激しく震え始めた。
「えっ、何じゃこりゃ……!?」
『友里、大変じゃ! 邪悪なエネルギー源がこちらに向かってくるぞ!』
 起動した杖じいが言う。瞬間バシュン! と空気が破裂するような音が外から聞こえてきた。
 窓の外を見る。校舎の前にある広い校庭。その上空に、ブラッディクイーンが浮かんでこちらを見下ろしていた。
「決着をつけましょう、リリカルリリィ」
 静かで暗い響きを持った声が聞こえてくる。
 友里は迷う。それでもやはり窓を開け放ち、窓枠に足をかけた。
「友里ちゃん、正義に負けちゃだめだよ」
 後ろから、瑞香が意味深な言葉を掛けてきた。友里は頷き、飛んだ。
「チェンジマイマインド!」


 魔法少女リリカルリリィの姿になった友里は、ブラッディクイーンと対峙する。いつになく殺伐とした空気が、二人の間に流れていた。
「どうしてもあたしたち、戦わなくちゃならないの?」
 友里はぐっと拳を握りしめて問う。ブラッディクイーン――妃は表情を微塵も変えずに答えた。
「そうよ。それがあたしたちの宿命。正義と悪の逃れられない呪縛なのよ」
 報道のヘリコプターが近づいてきた。構えられたカメラが二人の姿を捉え、風を切るプロペラの音が会話を遮る。下を見ると、早くも校門の前には報道者らしき人たちが殺到していた。
『ああっと! 何と言うことでしょう! 今度のブラッディクイーンは何と小学校の前に姿を現しました! いたいけな子供たちを前にリリカルリリィの力を封じるつもりでしょうか! さすが諸悪の女王、汚いです! 正義の魔法少女リリカルリリィはどう戦うのか!』
 耳障りなテレビ実況が聞こえてくる。うるさい、と思った。正義だ悪だなどと、どうしてそう簡単に決めることができるのだ。
 ――私たちのことを、何も知らないくせに。
「集中しなさい、リリカルリリィ」
 ブラッディクイーンの声が聞こえてくる。見ると彼女は空気中から巨大な鎌を取り出し、刃先をこちらに向けてきていた。
 本気で、決着をつけるつもりなのだ。
「――今日の私は、きっと手加減できないわよ?」
 瞬間、彼女はすごい早さで友里に向かって飛び込んできた。
「くっ……!」
 慌てて横方向に飛ぶと、振り下ろされた鎌の風圧が襲ってきて吹き飛ばされた。足でブレーキを掛け、何とか踏みとどまる。
『友里! 大丈夫か!?』
「うん、何とか……」
『あやつめ、どうやら今回は本気で決着をつけるつもりじゃな……』
 今までは使い魔に任せていたのに、彼女は今自ら友里に向かってきている。宣言通り、もう手加減する気はないようだ。
 ふと顔をあげると、目の前でブラッディクイーンが鎌を振りかぶっていた。
「なっ……!?」
 杖じいで刃を受ける。ガキンと金属が擦れ合う音とともに強い風が巻き起こった。
「うぐっ……くっ……!」
「どうしたのリリカルリリィ。怖じ気づいたのかしら」
 鎌の刃は重く、受け止める両手がぷるぷると震えていた。この至近距離なら魔法で攻撃することもできる。
 だが友里は、まだ迷っていた。
『友里! 危ない!』
 杖じいが叫ぶ。放たれたローキックが友里の体に炸裂した。
「がはっ!」
 はね飛ばされる。校庭のグラウンドに落ちてバウンドし、そのまま投げ出された。
『友里! 大丈夫か!?』
 衝撃と痛みで、杖じいの呼びかけも霞む。そのまま気を失ってしまいそうだった。
 ――正義、正義って何……? 私はどうしたらいいの……?
 妃を傷つけたくなかった。かと言ってこのままでは自分が彼女にやられてしまう。自分が何をすればいいのか。結論は、出せない。
『立ち上がりなさい、友里』
 不意に頭の中で、妃の声が聞こえてきた。驚いて顔を上げる。
『な、何じゃこのテレパシーは? まさか、ブラッディクイーンなのか……?』
 杖じいも唖然としている。見上げたブラッディクイーンは、友里だけに優しく微笑み掛けていた。
『あなたは正義。そして希望なのよ。私なんかに負けてはだめ。さぁ、倒してみせなさい!』
 友里は悟る。妃が全力で向かってくるのは、彼女の優しさなのだと。あえて友里を逆境に立たせることで、自分を倒させるつもりなのだ。
 ふらふらと立ち上がる。どうしていいかなど、未だにわからない。
 だからこそ今正面から彼女の優しさに応えるべきだと思った。
「いっくぞぉぉおお!」
 地面を踏みしめ、一気に空に舞い上がる。そしてブレード状に変形させた杖じいでブラッディクイーンに切りかかった。彼女は鎌でそれを受ける。
「ようやく決意が固まったようね」
 鍔迫り合いの最中、ブラッディクイーンが言ってくる。
「――わかんない、けど! あたしは負けるわけにはいかないッ!」
 友里は歯を食いしばる。
「リリカルリリィ! 頑張れっ!」
 校舎から声援が飛んでくる。学校にいる友里と同じ子供たちが、応援しながらこの戦いを見守ってくれている。
 そう、あたしは――リリカルリリィは希望なんだ。負けられない!
 刃と刃が何度もぶつかり合う。息をつかせぬ攻防。
 しかし途中で友里の方がふらついた。そこに容赦なく湾曲した刃が襲いかかる。
「何……っ!?」
 しかし友里は堪えた。ブラッディクイーンの鎌を、魔法で発生させた透明なシールドで防いだのだ。
『よし! 今じゃ友里!』
「リリカルリリィバスタアァァッ!」
 杖じいの先から飛び出した光の衝撃波が、ブラッディクイーンを捉えた。彼女は吹き飛び、地上へと落ちていった。
「妃さん!」
 すかさず飛んだ友里は、彼女の体を受け止めて校庭へと着地した。地面に彼女を横たえてやる。
「さすがね、リリカルリリィ……やられたわ」
 ボロボロになったブラッディクイーンは荒く息を吐きながら言う。魔法の力を抑えたので、致命傷にはなっていないはずだった。
「……さあ、私にとどめを刺しなさい」
「でも、そんなことしたら妃さんは……!」
「私はこの世界から消えてなくなるでしょうね。でもそれが、みんなの望みなのよ」
 彼女はぼんやりと上を見る。プロペラのやかましい音が聞こえていた。
『リリカルリリィが勝った! ブラッディクイーンに勝ったようです! これで悪しきブラッディクイーンが消えれば、世界はまた一つ平和へと近づくことでしょう!』
 おそらく日本中に放映されているであろう実況の言葉。
 ブラッディクイーンが死ねば、妃という存在もまた消滅する。そんなことはわかりきっていた。
 ――でも私は、例えブラッディクイーンだったとしても、妃さんのことを……。
 友里は唇を噛みしめた。
「ほら、早くとどめを……」
「いやです」
 友里はきっぱりとそう言った。
「は? 何を言って……」
 立ち上がった友里は、飛んでいるテレビ中継のヘリコプターに向かって叫んだ。
「あたしはッ! 彼女を消しませんッ! ブラッディクイーンはあたしにとっての悪じゃないッ!」
 世界が、固まったように沈黙した。唖然とした顔が立ち並ぶ中、友里は一人胸を張って立っていた。
 ――あたしは、妃さんを好きな自分を信じる。それがあたしの、正義だ。
『こ、これは一体どういうことなのでしょう!? わ、訳がわからないぞ!』
 案の定実況が騒ぎ始めたが、もう友里は完全に無視することにした。
『ゆ、友里? もしかしてお前とブラッディクイーンは……』
「うん、そうだよ。そういう仲です」
 杖じいにもそう軽く答えて、友里はブラッディクイーンの方を向く。
 彼女は、声を上げて笑っていた。心の底から可笑しいようで、瞳には涙まで浮かんでいる。
「……もう、あなたったら。随分と大胆な告白じゃない。よかったの? 正義の味方のくせに悪者の肩を持って」
「別にいい。……好きだよ、妃さん」
「……私も愛してるわ、友里」
 自然のままに、二人の唇が折り重なる。すると、突然ブラッディクイーンの体が光に包まれ始めた。
「ありゃ!? 何これどうなってんの!」
『これはまさか……!』
 友里と杖じいの驚きが重なる。やがて光は目が開けられないほど目映くなった。
「妃さん、大丈……」
 目を開けた友里はぽかんとする。そこにブラッディクイーンの姿はなく、人間としての姿である北条妃がいた。服は着ていなかったので、友里は慌てて魔法で布を作って彼女に被せる。
「え、ちょっと待って。何がどうなってんのこれ」
『邪悪なエネルギー反応が消えた……。どうやら彼女は、ただの人間になったようじゃな』
 杖じいが呆然としたまま言う。
 つまり彼女はもう、ブラッディクイーンではないのだろうか。
「……きっと、あなたのせいね」
 自分の体を見ていた妃が、ふと友里に顔を向けてきた。
「誰かを――あなたを愛する気持ちを知ったから、私はもう悪そのものではなくなってしまった。……ただの人間になったのよ」
 彼女は言い、笑った。
 そこにはもう、ブラッディクイーンとしての悪の名残は、まったく残っていなかった。


「妃さんの体、柔らかくてあったかい……」
 妃のアパート。シングルサイズのやや手狭なベッドの上で、二人は裸のままもつれ合っていた。豊かな胸のクッションに顔を埋める友里を、妃が撫でてくれる。
「友里、あれでよかったの?」
「うーん。まあ納得してない人もいたみたいだし、問題はまだ山積みだろうねぇ」
 妃に聞かれ、友里は苦笑いを浮かべる。
 あの後、集まっていた報道陣に友里は色々と話した。さすがに自分たちがどういう関係なのかは伏せておいたが、ブラッディクイーンはもういなくなったということだけは明確に伝えたのだった。
 彼女はもうブラッディクイーンではない。北条妃という一人の人間なのだ。さすがに人々はすぐにはそれを受け入れられないだろうが、きっとわかってくれるはずだと友里は信じていた。
「まあとりあえず今はさ、妃さんに甘えさせてよ。お願い」
「んっ……こら、友里……」
 綺麗なピンク色の乳首を、口に含んでやる。固くなってきていて、舌で押すと程良い弾力が返ってくる。
「ちょっと立ってる? えへへ、妃さんも期待してくれてたんだね」
「んんっ……もう、子供のくせにそんなこと言って……」
「妃さんの真似だもん」
 吸いつきながら、もう片方の突起も指先でくりくりと回すように転がす。妃の漏らす吐息を聞いて、だんだんこちらの体まで熱を増してくるようだった。
「そんなことする悪い子には、おしおきしなくちゃね」
 唐突に腕を掴まれ、気づけば妃にベッドに押しつけられ見下ろされていた。目にも止まらぬ形勢逆転だった。
「たっぷり可愛がってあげる……」
 耳に直接囁かれ、背筋がぞくぞくした。
 首筋を始めに、妃の舌が友里の全身を巡り出す。あますことなく肌に自らの唾液をつけ、挙げ句には足の方まで降りてきた。
「ちょっ、妃さんさすがにそこは……あんっ」
 足の甲をくすぐられ、指の一本一本とその間まで丁寧に舌で磨かれる。淡い疼きが走った。
「さて、もういい感じに熟したかしらね……」
 そっと友里の足を開いて、彼女はその中心にある秘密の場所をまじまじとのぞきこんだ。恥ずかしさが這い上がってくるようだ。相変わらず、見られるのは慣れない。
「ふふ、濡れすぎてお漏らししたみたいよ、友里」
「ち、ちがっ……そんなことないっ」
「もう、入れてもいいわね」
 開かれた秘裂に、何か細いものがあてがわれた。彼女の人差し指だ。
「……入れるわよ、友里」
「いいよ。入れて……」
 小さな花の蕾を押し広げるように、彼女の指はゆっくり侵入してきた。
「はぁっ、んんっ……つぅっ……!」
 何度かされてはいたが、少し痛みが走る。しかしそれ以上に彼女を自分の中に受け入れているという充足感が満ち溢れていた。
「熱っ……友里のここ、私の指をどんどん呑み込んでいくわ……」
「んくっ、妃さん……妃さぁ……」
 正義も悪も。二人の間を妨げるものはもう何もない。強くそう感じた。
 指が軽く持ち上がり、友里のお腹の奥を刺激する。
「ひゃんっ!」
 体が勝手に飛び上がった。呼吸も忘れるほどの強烈な快楽。友里は妃に、全てを委ねることにした。今の自分なら、それができる。
「妃さんっ、抱きしめて……キス、してよぉ……っ」
 妃は頷き、友里の肌に自分の肌を重ねた。そして唇と唇を触れ合わせた。まだ指は繋がったままだ。
「はっ、妃さ……好き、好きぃ……っ」
「私も。愛してるわ、友里……」
 舌と舌が濃厚に抱擁を交わす。その柔軟な唇も、小刻みに蠢く中の指も熱すぎて、思考がぐちゃぐちゃに入り交じっていく。
「あぁ、いっちゃ……! いっちゃう、妃さ……っ!」
 上昇しつづけた感覚はやがて果てへと導かれ、たまらず友里は体を大きく震わせるのだった。


『友里。デート中すまないが、南東の方に邪悪なエネルギー反応をキャッチしたぞ!』
 街の大通りにさしかかったところで、杖じいが申し訳なさそうにそう言ってきた。
「えーっ、まだ待ち合わせたばっかりなのにぃ」
『そんなことわしに言われてものう。悪は待ってはくれぬのじゃ』
 友里はちらりと横を歩いていた妃を見る。休日のデートがこれから始まるところだったのだ。今やすっかり、妃の姿はこの世界に馴染んでいる。彼女は短く息を吐いてぽん、と友里の頭に手を置いた。
「あなたを待ってる人がいるんでしょう? ほら、早く行きなさい。待っててあげるから」
「うん、ありがとう妃さん! ぱぱっと片づけてくるから!」
 友里はペンダント状の杖じい本体を取りだし、南東方面へと駆け出す。
『まったくお熱いのう。最近のお前さんはすっかり腑抜けておるわ』
「えっ、そうかなぁ? まあラブラブだから仕方ないよね」
『ふん。……まあ幸せなのはいいことじゃ。その分、世界の平和のためにしっかり働いとくれよ』
「はーい、もちろん!」
 杖じいは言われて頷く。何だかんだ言って彼も、友里と妃の関係を認めてくれているようだった。
 ブラッディクイーンがいなくなって、すぐにまた次の悪者が現れた。世界にはまだ、正義の味方という存在が必要みたいだ。それならば何度でも戦おう、と友里は思う。
「よっしゃ、行くよ杖じい!」
『おう、準備ばっちりじゃ!』
「チェンジマイマインド!」
 その言葉と共に今日も友里は、戦う魔法少女リリカルリリィへと変身するのだった。



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