ブローカーズ・キーパー(悪魔のリドル/兎晴)


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2.東兎角と一ノ瀬晴は突破する





 目と鼻の先を、けたたましいサイレンを鳴らしながら警察の車両が通り過ぎていく。兎角と晴は停められている車の陰からそれを見送った。この場所はもう封鎖区域に入ったのか、通行人は一人も見られない。慌てて逃げたのだろう、何台か車も放置されていた。まるでゴーストタウンだ。きっとすでにこの一帯は封鎖されているに違いない。
 また車両が何台か通り過ぎた。
「兎角さん、どうしよう」
 晴が不安そうな顔で聞いてくる。
「しばらく身を隠せる場所を知ってる。そこに向かおう」
 兎角は答えた。簡単そうに言ったが、それにはまずこの場所から抜け出さなければならない。
 周りを見渡す。すると、道路の真ん中にバイクが横倒しに放置されているのが見えた。
(あれが使えるかもしれない)
 誰もいないのを確認してから、兎角は晴を連れてバイクに駆け寄った。キーが刺さったままだ。ついている。車体を起こした兎角はハンドルを握って跨った。
「これを使う。乗れ」
「兎角さん、運転できるの?」
「一通りはな」
 運転手を務めることもあったので、ほとんどの乗り物の操縦はそつなくこなせる。もちろん年齢的な問題で、正式な免許はなかった。
「そうだ、一ノ瀬。片手で扱える短機関銃は出せるか? それと、手榴弾を何個か。今度は爆発するやつだ」
 後ろに乗った晴にヘルメットを差し出して、兎角は言った。
「えっ、できるけど……どうして?」
「ここを突破するためだ」
 おそらく封鎖区域の出口には軍が立ち塞がっていることだろう。多少荒っぽいことは免れない。
「……わかりました。兎角さん、手を出して?」
 戸惑いつつも、晴は頷く。光りだした彼女の手から手榴弾が三つほど現れたので受け取った。
「それから……これ」
 ベルトに手榴弾をつけた兎角に、再び彼女は手を出した。いつの間にか、コンパクトな形をした軽機関銃が握られている。Vz61、別名スコーピオンだった。小さな見た目だが、フルオートで弾丸を発射できる優れた銃だ。
「弾切れをしたらまた必要になる。すぐ出せるようにしといてくれ」
 スコーピオンを握った手をハンドルに乗せ、キーを捻った。ブルルン、と音が鳴って車体が震える。試しに何度かエンジンを吹かしてみた。いけそうだ。
「用意はいいか?」
 一度振り返って、晴を見た。これからはたぶん戦闘は避けられないだろう。彼女の意志を確認しておきたかった。
「……うん。大丈夫」
 彼女は深く頷いた。その瞳は強い光を宿している。覚悟の証だ。きっとブローカーとしての彼女は、何度もこういった死線をくぐり抜けてきたのだろう。ならば、遠慮する必要はなかった。
「わかった。……行くぞ。しっかり掴まってろ」
 晴の腕が腰に回ったのを確認し、兎角は発進した。
 風景が次々後ろへと流れていく。更にアクセルグリップを捻りながら、兎角は放置された車を巧みなハンドル裁きで避けて進む。隠れ家はこの方角で間違いなかった。問題はそこまで無事にたどり着けるかである。
「兎角さん!」
 晴が叫ぶ。けたたましいサイレンの音が背後から迫ってきていた。警察車両だ。さっそくおいでなすったようだった。
「そこのバイク! 今すぐ止まりなさい! 従わない場合は即刻攻撃を開始する!」
 意味のない警告がスピーカーから垂れ流される。無論、従うつもりはなかった。銃撃されるのも御免だ。
 ミラーで追っ手の数と位置を確認する。二台が横並びに走っている。どうやらこちらを挟み込むつもりのようだ。そうはいかない。
 兎角は素早く振り向き、右手の銃を乱射した。既に位置把握済みの二台の前輪を、弾丸がほぼ同時に撃ち抜く。車はスリップしてお互いの鼻先をぶつけ合い急停止した。
「すごい……!」
 感心したように晴が呟いた。兎角はミラー越しに彼女を見る。
「油断するな。これからもっと激しくなる」
 おそらくこれはほんの小手調べのはずだ。こちらが投降する気がないと分かれば、もはや向こうも容赦などしないだろう。
 すぐさま前方から何重にもなったサイレンが聞こえてくる。今度は一二台ではきかない数だ。正面から挑むのは自殺行為に等しい。
「曲がるぞ」
 スピードはそのままにブレーキを上手く働かせ、ドリフトしながら十字路を左へと曲がる。甲高いタイヤの音を響かせながら、何台か追っ手も付いてくる。
 ちらりとミラーに目をやれば、車から身を乗り出して警官が銃を向けてくるのが見えた。
「兎角さん!」
「一ノ瀬! 身を低くしてろ!」
 言うと同時に車体を傾け右へと流す。銃声。しかし弾が兎角たちを捉えることはなかった。
 今度は右へと急激に曲がる。すると遠目にだが、中型のトラックが横並びに何台か置かれ道を塞いでいるのが見えた。迷彩服を着た人間が数人立っているのもわかる。軍の連中だ。ということはここで封鎖区域も終わりに違いない。
「晴、もう一台同じ銃をくれ」
 後ろの追っ手に牽制射撃をしつつも晴にそう言った。彼女が頷くと、腹の辺りにある手が光り、スコーピオンが現れる。すぐさまそれを受け取り、いつでも撃てるよう握り込んだ。
 正面には軍の仁王立ち、背後には複数の追っ手。圧倒的に不利な状況だ。しかしここを突破するしかない。
 ぐんぐん封鎖された場所へと近づく。軍の兵士たちがアサルトライフルを構え始めた。銃撃開始だ。
 タタタッ、と甲高い銃声が幾つも轟く。兎角はバイクを蛇のようにくねらせて回避した。カウンターとばかりにスコーピオンを連射する。かなりのスピードが出ているにも関わらず、何人かの兵士の足や腕を捉えた。防弾チョッキやヘルメットを装着しているから、どこに当たっても死にはしないだろう。なるべく殺しだけは避けたかった。
 敵が怯んだのを見計らい、手榴弾を二つベルトから引き抜いた。思い切り振り被って前方に放り投げる。狙った通り、道を塞いでいるトラックの前にそれは落ちた。
「手榴弾だ!」
 誰かが叫び、兵士たちがその場から慌ただしく逃げ出し始めた。兎角は最後の手榴弾のピンを抜き、同じ場所に投げる。時間はしっかり計算してあった。
 直後、爆発。それによって中ほどに並んでいたトラックの車体が、縦にひっくり返りそうなほど持ち上がった。
「一ノ瀬ッ! しっかり掴んでろッ!」
 兎角は前方に向けて、バイクの車体を斜めに傾けた。道路と車体が擦れて火花が舞い上がる。
 半身を浮かび上がらせたトラックは重力に従い既に落下し始めていた。そのすぐ真下を滑り抜ける。全ての動きがスローモーションになり、兎角の目にはトラックの裏側まではっきりと見えた。
 バイクの姿勢を戻すのと同じくして背後から轟音が地面を波打たせる。続いて再び爆発音。地面に叩きつけられたショックで、トラックが爆発を起こしたのだ。少しでもタイミングがズレていれば、あれに巻き込まれていたことになる。
「一ノ瀬、大丈夫か?」
「……な、何とか」
 呆然とした返事に苦笑する。無理もない、兎角もあんなに上手くいくとは思っていなかったのだ。
「このまま一気に行くぞ」
 グリップを握り込み、急加速した。
 まだ油断できない、と思う。嫌な予感は続いていた。



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