艦隊これくしょん


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ゆうさみ+他の艦娘詰め

花火




 少し夜も更けてきた頃。五月雨は盆に乗せたコーヒーを持って廊下を歩いていた。
 秘書艦の仕事を終えた後、夕張の所在を提督に聞いてみると、まだ自分の研究室にいるとのことだった。きっとまだ仕事が長引いているのだろう。誰かと一緒にいるらしいので、しっかり二つ分の湯気の立つカップを持ってきた。
「夕張専用研究室」と手書きの紙切れが張られた鉄の扉の前に立つ。ノックするとすぐ中から「はーい、開いてまーす」と快活な声が聞こえてきた。
 扉を開ける。少しだけ油の匂いがした。中は意外と広く、黒塗りの大きな机がいくつか並べられていた。そのうちの一つに、二人誰かが座っているのが見える。何やら数式が書かれた黒板を前に、話し込んでいるみたいだ。
「ああ、五月雨ちゃん。ここに来るなんて珍しいね」
 そのうちの一人、夕張がこちらを見て言った。眼鏡を掛けている。その隣で同じく眼鏡を装着した人物を見て、五月雨は少しびっくりした。
「那珂さん?」
「ん? 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよぉ?」
 彼女は手元の紙から顔を上げ、にっこりと微笑む。驚いたことに彼女はいつもの服装に夕張と同じく白衣を纏っていた。アイドル、とは何とも不釣り合いな格好だ。
「ふふふ、那珂がここにいると思わなかったでしょ。結構びっくりされるんだよねぇ」
「い、いえ。夕張さんが誰かと一緒にいるとは聞いてたんですけど、まさか那珂さんとは……」
「あはは、意外だよね。この子、実は理数系にかなり強いの。だから、ちょっと手伝ってもらってたのよ」
 夕張がそう紹介すると、那珂は「ファンのみんなには内緒だよ?」と片目を閉じてみせた。きっと知られてはならないことなのだろう。五月雨は決して口外しないと決めた。
「あ、そういえばコーヒーを入れてきました。飲みますか?」
「わあ、さすが五月雨ちゃん。気が利くねぇ」
「いえい! 那珂、コーヒー大好き!」
 二人はそれぞれお礼を言いながらコーヒーを受け取った。カップに口をつけるなり、かっと目を見開く。
「おおう、おいしいコーヒーで、頭が冴えわたってきた気がする……!」
「那珂、今ならどんな数式も解き明かせるよ……!」
 二人は立ち上がって黒板の前に立つ。それから那珂の方がチョークを持って黒板に何やら書き込み始めた。
「さっきも言ったんだけどね、やっぱりああしたいんならここの数字がこうなるから、どうせだったらこっちにした方が、那珂はいいと思うんだけど……」
 それに夕張が顎に手を当てて意見を出す。
「うん、そうね。でもやりすぎると衝撃が強くなっちゃうから……ここは、こういう計算で……」
 どうやら議論が波に乗り始めたらしい。
 横で見ている五月雨には黒板の数字の意味も、会話の内容もさっぱりわからない。だがどこか楽しそうに言葉を交わす二人を見ていると、こちらまで何だか楽しくなってきてしまうのだった。


 三十分過ぎたくらいで、姉妹艦の川内が迎えに来たので、那珂は「じゃあまた明日ねー」と元気に言い残して部屋に戻っていった。研究室には夕張と五月雨だけが残される。
「ごめんね五月雨ちゃん、ほったらかしにしちゃって。一度調子が出ちゃうと、止まんなくてさ」
「いえいえ、見ていて私も楽しかったですから」
 ところで、と五月雨は黒板を見ながら言う。
「何の話し合いをしていたんですか?」
 装備換装のことではなさそうだった。那珂が書いた図を見てみると、縦書きの波線の上に、花丸のようなものが書き込まれている。一体何の絵なのだろう。
「ああ、花火の話だよ。八月に入ったら、ここで打ち上げてみたいと思ってさ」
 せっかく夏だしねぇ、と夕張は言う。花火? と五月雨は首を傾げた。聞き慣れない言葉である。
「あれ、もしかして五月雨ちゃん、花火知らない?」
「は、はい……」
「ほほう。そっかそっか」
 夕張がにやりと笑う。
「じゃあ楽しみにしててね。でっかいの、ドドンと打ち上げるからさ。……まあ、その前に」
 夕張はこちらに手招きをする。不思議に思いつつ近づくと、彼女は座った体勢のまま五月雨を抱き寄せた。お腹に彼女の頭が触れる。
「きゃっ。ちょっ、夕張さん……」
「五月雨ちゃん分、補給しとかなくちゃね」
「もう、仕方ないですね」
 頭をさりげなく撫でてやると、夕張はうっとりと目を閉じた。時折彼女の見せる子供っぽい表情が、五月雨は好きだった。もっと、髪を指先で梳いてやる。


 八月に入り、いよいよ夏の暑さも猛威を振るってきた。
 いくら鎮守府が北の方にあるからといって、暑いものは暑い。窓を全開にしていても廊下をちょっと歩くだけで汗ばむほどである。もっとも執務室と食堂だけは空調完備万全だったので、そのどちらかがほとんど艦娘たちの談話室と化していた。
 そんな風にみんなが暑さでバテている中、夕張と那珂は夜遅くまで研究室に籠もって例の花火の計画を進めているらしかった。最近ではドックの一角を借りて花火の打ち上げ器なるものを作っているらしい。部屋に帰ってきたときの満足そうな夕張の顔を見るに、もう大詰めに入っているのだろうと五月雨もわかっていた。
 そして、ついにその日はやってきた。
「はーい、みんなおまたせ! さあ、外に出て出て!」
 夕張の呼びかけで執務室に集まっていた面々は目を輝かせて外へ出る。五月雨もその後に続いた。みんな夕張たちの花火計画を知っていて、今日という日を待ち望んでいたのだ。
 波止場に出る。照明が一本点ってあるだけで薄暗く、波の音がわずかに聞こえていた。
 ふと、ドックの横にある空間から目映い光が包まれた。見ると板を積み上げた即席のステージの上に、那珂がきらびやかな服を着て立っている。
「さあ、みんな集まれー! 那珂の特別ステージがはじまるよぉ!」
 一目散にみんなステージの前に集まって歓声を上げる。みんなの注目を集める那珂は入り交じっていた声を手で制し、手に持っていたマイクで喋る。
「じゃあみんな、カウントダウンお願いします! じゃあまず十から! はい!」
 みんなが声を揃えて十からカウントを始める。五月雨もときめく鼓動を抑え切れずに、腕を上げてカウントに参加していた。
 一体何が起こるんだろう。わくわくする。
「見てて、五月雨ちゃん。これが花火だよ」
 カウントが残り僅かになった頃、いつの間にか隣にいた夕張が五月雨にそう囁いた。
「三、二、一!」
「ゼロ!」
 那珂が腕を振り上げる。するとドックの後ろ側から、光の粒のようなものがひゅるると音を立てて打ち上がった。そして轟音を響かせて、火花が輪のように重なり合って広がる。その姿は、さしずめ花のようだった。
 更にもう一発、もう一発と上がり、お次は一気に何発か夜空に花を咲かせた。赤、青、緑。色のついた炎の大輪が夜の暗闇を照らす。
「すごい……」
 五月雨は唖然とそれを見上げていた。鼓動は既に治まっている。ただ花火が上がる音が胸に響くたび、体中が満たされていくように感じた。
「ね、綺麗でしょう?」
 優しく笑いかけてくる夕張の顔が、花火に照らし出される。綺麗だった。花火も、そして隣に立つこの人の笑顔も、また。
 それから那珂がどこからか流れ出した曲に合わせて歌い出したり、鳳翔が氷水に浸かった缶の酒を持ってきたりしたので、その場は軽いお祭り騒ぎになった。
「かぁーっ、やっぱり夏のビールはサイコーだなっ!」
 と提督がはしゃいでいる。
「那珂ーっ! 夜戦で培った川内型のすごいところ見せたれーっ!」
 と川内が歌う那珂に声を張り上げ、その横で神通が困ったように笑っている。
「いやぁ、やっぱり大井っちと見る花火は格別だよねぇ」
「き、北上さん、こんなところでそんな……」
 缶を片手にもった北上が、恥ずかしがる大井に腕を絡めている。
「ふふ、楽しいわね、加賀」
 笑い掛ける赤城に加賀が何度も頷いていた。二人は手に持った缶で静かに乾杯する。
「いやぁ、やっぱやってよかったなぁ」
 少し離れた場所で、夕張と五月雨はみんなのどんちゃん騒ぎを見つめていた。
「五月雨ちゃんも、楽しんでくれた?」
 夕張が柔らかい笑みを差し向けてくる。五月雨は深く頷いた。何故だか自然と頬が緩んでしまう。
「……はい、とっても」
 気づけば、夕張の手を取っていた。少しびっくりしたように彼女はこちらを見て、それから嬉しそうに微笑む。
「あのさ、五月雨ちゃん……」
 ふと彼女が口を開いた。あっ、と五月雨は思う。その瞳は先ほどの花火を閉じこめたかのように、淡く光っていた。
「私ね……」
「うぉい、くぉら夕張ィ! 飲んでるかこのヤロー!」
 後ろからど突かれて、夕張は大きくふらついた。見ると酒を持って顔を真っ赤にした由良が高笑いをしながら立っている。その横で夕立が苦笑していた。
「あはは、よろけてやんの! 飲み過ぎでしょ、夕張ったら」
「飲み過ぎはあんただっての……」
 体勢を立て直した夕張が正面から由良を睨む。
「あんたねぇ! いっつも飲んだら暴力的になるんだから、控えろっつってんでしょうが! 大体、こっちは杖つきだっつの! 転んだらどうすんのよ!」
「あーん? 言っとくけどまだ全然飲んでないわよ! それに、あんた無駄に丈夫なんだから転んだって平気でしょ?」
「ああ? やんの、由良?」
「受けて立つわよ夕張ィ!」
 にらみ合う二人。五月雨があたふたしていると二人はまっすぐ鳳翔の所へ向かった。
「鳳翔さん、お酒ありったけちょうだい!」
「えっ、あの……」
「よっしゃ、今日こそあんたを負かしてやるわ夕張!」
 どういう流れかわからないが、夕張と由良の飲み比べが始まった。二人のすごい飲みっぷりに、いつの間にか周りに人が集まり始めている。
「あはは、二人ともすごいっぽい」
 夕立が呆れたように笑う。五月雨も呆気に取られて二人の勝負を見つめていた。
 ――あのね、五月雨ちゃん……私ね……。
 先ほど夕張が言い掛けたことが頭をよぎる。
 五月雨は微笑んだ。あの続きは、また今度。二人きりの時に、ゆっくり聞かせてもらおう。
 夕張と由良の戦いは更に白熱していく。どちらも真剣だったが、どこか楽しそうだった。だから五月雨も手で口の前に筒を作って、声援を送る。
「夕張さん! 頑張れぇ!」



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