ブローカーズ・キーパー(悪魔のリドル/兎晴)


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プロローグ
一ノ瀬晴は逃げ惑う





 少女は走っていた。時々躓きかけながらも、無我夢中で裏路地を駆け抜ける。
 後ろから追ってきていた声は、既に聞こえなくなっていた。撒いたのだろうか? 一度振り返って人気がないのを確認すると、立ち止まってその場に座り込んだ。汚れた壁に背中がこすれるのも気にする余裕はなかった。
 ふと頬に手をやると血が付いていた。先ほど弾丸が掠ったせいだろう。少しでも走り出すのが遅かったら、確実に頭を撃ち抜かれていた。
 今度こそ、もうだめかもしれない。そう思った。もう袋のネズミだ。どこにも逃げ場はない。
 どうしてこんなことに。膝を抱えてうずくまる。こんな能力さえなければ、まともな人間としての人生が送れていたのだろうか。
 軽く持ち上げた右手をじっと凝視する。すると、そこが急激に光り始め、収束した瞬間に手の中に拳銃が生まれていた。
 そう、たった今それは生まれたのだ。少女の能力によって。
 大きくため息をつき、生み出したばかりの銃を投げ捨てる。コンクリートの壁に当たって甲高い音を立てた。
 もう一歩も動く気にはなれなかった。もうここで、誰かが自分を見つけるのを待とう。
「……こんなところで、何をしているんだ?」
 彼女は、そんな少女の前に現れた。
 怯えた顔をしている少女を見て、彼女は手にしていた銃をしまい、代わりに手を差し出してきた。
「一般人か? ここは危険だ。私についてきてくれ」
 どうやら少女の素性には気づいていないらしい。
 しかしその声はどこか優しく感じられ、少女の心を微かに揺さぶった。
 ――この人は、もしかしたら。
 気づけば、差し出された手を握っていた。
 そうして、誰も気づかないうちに。
 少女と彼女の全てが、始まったのだ。



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