悪魔のリドル


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イマジン

前編

ちたひつ




 部屋に入るなり、生田目千足は桐ヶ谷柩の小さな体を固く抱きしめた。
 腰に手を這わせれば、その細さがはっきりとよくわかる。まるでまだ幼い子供のそれだった。
「千足さん……」
 見上げてくる柩の瞳には、求めるような色が混じり込んでいる。千足は屈み込んで、お望み通りそっと彼女の唇を奪った。
 最初は、表面だけを啄むように軽く。それから少しずつ深く潜っていく。唇の間で触れ合った舌と舌は踊るように絡んでいた。二人の唾液が入り混じった甘美な味は、千足の思考を痺れさせ、じっとりと酔わせる。
「はぁ……千足、さん……」
 顔に柩の漏らす熱い吐息が掛かってきて、千足は胸の奥がぞくぞくと震えるのがわかった。彼女の頬に手を当て、言う。
「桐ヶ谷……いいか?」
 彼女は気恥ずかしそうに目を伏せて頷く。
「……はい」
 再び口づけをして、二人はベッドへと移動した。柩がまずベッドに背を預け、千足はそれに覆い被さる形だった。
 唇は離さないままで、千足は指先を使って柩の首元をくすぐった。首の表面、うなじを伝って、最後には耳朶を引っかくようにする。こそばゆそうに柩は反応した。
「服……脱いでもらえるかな」
「は、はい……」
 千足の要求に素直に従い、柩は少し体を起こして制服を脱ぐ。淡い水色のキャミソールと、同じ色のショーツだけの姿になった。露出した肌が少し色づいている。
 千足はまず柩の指先を口に含んだ。一つ一つの形がいい爪を、舌で磨いていく。そうやって端から彼女の体をじっくり堪能する。
 柩の体はあまりに薄く、乱暴に扱った途端脆く崩れてしまいそうだった。だから丁寧に優しく触れてやる。未熟さと危うさを兼ね揃えた彼女は、まだ実ったばかりの果実のようだ。その酸っぱさが、癖になる。
「んっ……くっ……」
 断続的な呼気が聞こえる。しかしどこかじれったそうな感じだ。
 それもそのはずで、千足はあえて柩の敏感な所を避けていた。だが、そろそろいいだろうか。
 千足はキャミソールをめくりあげると、そのままつんと尖った胸の先を口に含んだ。
「くぅ……っ!」
 耐えるように、柩は体をずらした。小さいほど感度がいいという俗説は本当なのか、と千足は一人笑う。舌先でくりくりといじめてやると、尚彼女はのけぞった。
「ゴホッ……ゴホッ……」
 ふと柩が、やや苦しそうに咳をした。そういえばここのところずっと咳き込んでいるような気がする。
「桐ヶ谷、寒いか? 無理をしなくても……」
「いえ、平気です。続けて、もらえますか」
 真摯な目で見つめられると何も言えなくなる。千足は頷いた。
「ああ、わかった」
 それから腕を下ろして、下着越しに柩の足の間に触れる。湿った感触。見ると水色の一部分が、藍色に変わっていた。彼女は恥ずかしそうに目を逸らす。
「濡れてる、みたいだな」
「ご、ごめんなさい、ぼく……」
「謝らなくていいよ。嬉しいんだ」
 指先を引っかけて、下着を剥ぎとる。それから千足は体をずらし、柩の膝を割ってその間に入り込んだ。
 甘酸っぱい香りが鼻をつく。性毛も生え揃っていない柩のソコは、真っ赤に色づいてまるで花弁のようだった。溢れだした蜜に濡れて、てらてらと光っている。
「千足さん……そんなに見ないで、ください」
 恥じらう声で言われて、千足は自分が見惚れていたことに気づく。苦笑した。
「すまない。……とても、綺麗だったものだから」
 そう言って、やんわりと表面に口をつけた。柩の体が大きく跳ね上がる。
「ちょっ、千足さん、そんなところ……」
「私がしたいんだ。駄目かな」
 両手で二つの花びらを開き、その襞を舌でなぞっていく。とろとろとした粘り気のある蜜は、ひたすらに甘く感じる。味覚が麻痺してしまいそうだ。
「んあっ、千足さんは、ずるいです……」
 押し殺した声。そうだな、私はずるい。だってこんなにも美しい花を、独り占めして愛でているのだから。
 更に蜜を求めて、千足はそれを生み出している入り口の辺りを入念に舐めていく。やがて千足の手を握りしめる柩の力が段々強くなってきた。限界が近いようだ。
「千足……さんっ。ぼく、もう……」
「ああ、わかってるよ」
 千足は花びらの頂にある、顔を起こした肉の蕾に舌先で触れた。押しつぶすように強く舐ってやる。
「んっ、ダメっ、千足さ……っ!」
 柩の背が大きくのけぞった。どうやら達したようだ。
 千足は頼りなく震え続けるその小さな体を、落ち着くまでずっと抱いてやるのだった。


 千足は熱い湯の張られた浴槽に体を埋めた。火照った肌が更に温まり、気持ちがいい。所在なく立っている柩に手招きをした。
「桐ヶ谷、ほら。一緒に入ろう」
「は、はい。し、失礼します」
 おずおずと彼女は足から湯船に入ってきた。座り込んだ彼女を、背中から抱き抱えてやった。こうした肌の触れ合いは、情事のときとはまた違った心地よさがある。
「……あの、千足さん」
 目を閉じてお湯の感触を確かめていると、腕の中の柩が声を掛けてきた。
「ん? どうした、桐ヶ谷」
「あの……ここから抜け出して、二人で一緒にどこか遠くに行きませんか」
 ぴちょん、と備え付きのシャワーから水滴が滴った。千足は口を開く。
「それは、駆け落ちということか」
「それとはちょっと、違うかもしれませんけど。まあ同じです」
 苦笑して、柩は語り始める。
「ぼくたちのことを誰も知らない、遠くの国へ行くんです。できれば、海のある所がいいなぁ。浜辺の近くにある白い家に、二人で一緒に住むのはどうでしょう。海の中へ沈んでいく夕日を、一緒に見るのもいいですね。それから犬も飼いたいです。ぼくは、バセットハウンドが好きなんですけど――」
 嬉々として彼女が話す情景が、千足の頭の中にも思い浮かんでくる。真っ白な状態から、一つ一つ重ねていく二人だけの時間。悪くないかもしれない、と思った。
「いいな、そういうの」
「千足さんも、そう思いますか?」
「ああ。――だが私は、エンゼルトランペットを見つけるまでここを離れるわけにはいかないんだ」
 すまないな、と謝る千足。柩は俯いて、手で掬ったお湯をさらさらと指の間から流す。
「……千足さんは、どうしてエンゼルトランペットを探しているんですか」
 柩に尋ねられて、そういえばその理由を話していなかったことに気づく。これもいい機会かもしれない、と思った。
「少し前に、地下鉄構内で毒ガスを使ったテロがあったんだ。――私の恋人がそれに巻き込まれて、死んだ」
「えっ……!」
 驚いて振り向いた柩に、繕った笑みを返す。
 ――じゃあ千足。また明日、会おうね。
 別れる際"彼女"に言われた言葉が、今も耳から離れない。それが最後に交わした会話になってしまった。
 地下鉄の利用客を狙って、その日無差別テロが行われたのだ。千足の恋人は理由もなく巻き込まれて殺された。
 そのとき使われた毒物の名前が通称、エンゼルトランペットなのである。
「空気中に混ぜ込むことも、直接相手の体に打ち込むこともできる万能の毒物らしい。液状なのか固形物なのか、その形状はよくわからないがな」
「……それを見つけて、どうするつもりですか」
「この世から抹消する。もう他に犠牲者が増えないように」
 柩の質問にそう答えて、千足は湯船から立ち上がった。
「長話になってしまった。さあ、もう上がろうか、桐ヶ谷」
「……はい、千足さん。ケホッ、ケホッ」
 少し咳をしてから、柩は差し出された千足の手を掴んだ。
「どうした? やっぱり風邪を引かせてしまったかな」
「いえ、これは違います。気にしないでください」
 立ち上がった柩が少し浮かない顔をしているのに、千足は気づいていた。だが、何となくその理由には触れることができなかった。


 ここに来てから、どれくらい経ったのだろう。机の上に頬杖をついて千足は考える。
 ミョウジョウ学園の黒組に、エンゼルトランペットと密接に関わっている人物が紛れ込んでいる。そんな情報を掴んだからわざわざ転入までしてきたのに、未だ有力な手がかりは掴めない。
 もしかしたら、デマだったのだろうか。だとしたらとんだ無駄足だが、千足はここに来たことを後悔していなかった。
 隣を見ると、パソコン内の授業に人一倍熱心に取り組んでいる柩の姿がある。そんな彼女が、何とも微笑ましい。
 ――桐ヶ谷に出会えただけでも、ここに来た意味はある。
 恋人を失ってから、エンゼルトランペットのことだけ考えて生きてきた千足にとって、柩はまさに一筋差した希望そのものだった。自分は、彼女に救われている。
 二人でどこか遠くへ行かないか、と前に柩が言ったのを不意に思い出した。
 全て終わったら、そうすることにしよう。何もかも忘れて、柩と二人だけで後は共に過ごすのだ。
「千足さん?」
 授業終わりに、柩が話しかけてきた。
「ん、どうした?」
「いえ。授業中にずっと、千足さんの視線を感じてたので。ぼくのこと……見てました?」
 照れくさそうに顔を赤らめる彼女が愛おしくて、その頭を撫でてやる。
「ああ、見ていたよ」
「えっ。ぼ、ぼく、何か変なとこありました?」
「内緒だ」
 何ですかそれ、と口を尖らせる柩に、千足は笑い掛ける。
 そんなやり取りの中で、柩が密かに咳を繰り返していたのを、千足は気がつかなかった。


 目が覚めた。室内はまだ暗く、まだ夜は明けていないようだ。ベッドのサイドテーブルに置かれた時計は、案の定午前二時を示している。
 千足の隣で寝ていた柩がいなかった。同時に、どこからか激しく咳き込む声が聞こえてくる。見渡すと、浴室の扉から明かりが漏れていた。
 何故か胸騒ぎがした。とてつもなく嫌な感じが、ぐるぐると胸の中を巡っているようだ。
 千足は足を忍ばせて、浴室に近づいていく。そして扉をそっと開けた。
 柩の背中が見えた。洗面台に屈み込んで、大きく咳き込んでいる。どう考えても、普通の感じではなかった。
「……桐ヶ谷?」
 呼びかけると、弾かれるように柩が振り向いた。
「ち、千足さん……」
 口元が真っ赤なもので汚れていた。血だ、と気づくのに時間はいらなかった。
「桐ヶ谷!? 大丈夫か?」
「来ないでッ!」
 駆け寄ろうとして、必死な声で止められた。足を止める。
「桐ヶ谷……一体どういう……」
「ダメです……ぼくの血に近づいたら」
 ぜえぜえと荒い息を吐きながら柩が言う。千足は状況が呑み込めず、ただ狼狽するばかりだった。
「……説明してくれ。どういうことなんだ」
「……毒なんですよ。ぼくの血は」
 自嘲気味に、柩が笑った。
「千足さん、ごめんなさい。ぼくがそうなんです。――ぼくが、エンゼルトランペットなんですよ」



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