艦隊これくしょん


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ゆうさみ+他の艦娘詰め

星に願いを




「あれ、提督。何ですかそれ」
 夕張と五月雨が連れ立って廊下を歩いていると、向こうから提督がやってきた。何やら小さな段ボールを抱えている。中には長方形の形をした色とりどりの紙が入っていた。
「ああ、五月雨に夕張。ちょうどよかった。あなたたちも、何か願い事を書いたらいいよ」
 鎮守府にいる艦娘のみんなにも配ろうと思っているんだ、と彼は二枚、その紙を差し出してくる。なるほど、これは短冊か、と夕張は思い当たった。
「あれ、でも今日って八月七日ですよね? 七夕の日はもう過ぎちゃってるような……」
 五月雨が几帳面に小さく挙手して言う。すると提督は、ちょっとだけ得意そうににやりと笑った。
「いやいや、それが違うんだよ。ほら、ここってさ、いわば北の大地にあるわけだろう?」
「まあ、そうですね」
 所属された日に冬は雪が積もりまくるから大変だ、と言われて少し怯んだのを夕張は覚えていた。
「何とここでは本州とは一ヶ月ずれた日が七夕らしいんだ。つまり、今日なんだなこれが」
「へえ、そうだったんですか!」
 五月雨が感心したように何度も頷いていた。素直で可愛い。夕張は思わず彼女の頭を撫でそうになった。
「そういうこと。じゃあ願い事を書いたら、ちゃんと笹の木に吊すんだよ。談話室に置いてあるから」
 そう言って提督は段ボールを頭の上に乗せて去っていった。相変わらずちょっと変わった人だ。
「願い事かぁ。いいですね、そういうの」
 五月雨がにこっと笑顔を差し向けてきた。心なしか短冊を手にして少しはしゃいでいるように見える。それなら、と夕張は口を開いた。
「さっそく、願い事をしに行こうか」
 丁度お互いの仕事も片づいていたので、何も気兼ねすることはない。五月雨も「そうですね!」と嬉しそうに頷いた。
 談話室は廊下を少し進んだところにある。部屋というよりは、廊下の開けたスペースにテレビやらソファやらが置かれている場所だった。近づいていくと、丁度二人の人物がソファに座っているのが見えた。あの後ろ姿は、正式空母の赤城と加賀だ。
「そうなの。こういうの、初めてだったのね」
 赤城が声を掛けると、加賀の方は身振りをするように手を動かした。すると赤城には彼女の言っていることがわかったようで、おかしそうに吹き出す。
「ふふ、もう加賀ったら。こんなところで何を言い出すの」
 更に加賀は手を動かし、赤城はそれに対して返事をしていた。
 手話、というものだと夕張は気づく。確か、加賀は前の艦隊で心的なショックを負い、一時的にだが言葉を話せなくなってしまったのだと、提督が話していたような気がする。
「こんばんは、赤城さん、加賀さん」
 五月雨がにこやかに声を掛けた。二人は振り返る。
「あら、五月雨ちゃんと夕張ちゃん。こんばんは」
 赤城はそう言ってから、加賀の方を見た。
「ほら、加賀も」
 促されてやや戸惑いがちに、加賀が顔を上げた。そして両手を軽く上げた後、胸の前で手を重ね、次に立てた両の人差し指をくっと折り曲げた。
 夕張たちが首を傾げると、赤城がくすくすと笑った。
「こんばんは、と言ったのよ」
「ああ、なるほど!」
 大きく頷いた五月雨が、ゆっくりと加賀と同じ手振りをする。
「こんばんは、加賀さん!」
 夕張も彼女を見習い、同じ手話を使う。
「加賀さん、こんばんは」
 すると加賀が、力が抜けたように顔を綻ばせた。初めて見る彼女の笑顔は思ったより子供っぽく、無邪気だった。思わずきょとんとしてしまう。
「よかったわね、加賀」
 赤城が加賀の肩を抱いた。あっ、と夕張は思う。その時密かに見つめ合った二人の目。愛しい相手を包み込むような、そんな光を宿していた。二人はほぼ同時にソファから腰を浮かせる。
「じゃあ、私たちはもう行くわ。おやすみなさい」
 赤城が軽く頭を下げると、隣の加賀は右手の拳をこみかめにあて、軽く首を傾げて目を閉じた。
「おやすみなさい、ね」
 赤城は加賀の手話をそう解説した。それからもう一度おやすみなさいと言ってから、加賀を連れ立って歩いて行った。夕張たちは二人の背中に手を振って見送る。
「さて、じゃあお願い事書いちゃおうか」
「はい!」
 ソファに向かい合って座って、その間にあるテーブルの上で短冊に文字を書き込んでいく。夕張は少し迷っていたが、結局思い浮かんでいたことをそのまま書いた。
 ふと顔を上げると、五月雨がほくほくした顔をしていた。頬が緩んでいる。
「ん? どうしたの、五月雨ちゃん」
「いえ。先ほどの赤城さんと加賀さんが、何だか羨ましくって」
 少し気恥ずかしそうに指と指をすり合わせながら続ける。
「何というか……言葉を介さなくても通じ合っているみたいで。仲睦まじい感じですよね」
 確かに。先ほどの赤城たちが交わしていた視線を思い返す。あれは確かに、お互いのことを深くまで理解しているみたいだった。
 ――でも、それなら私たちだって。
「ねえ、五月雨ちゃん。短冊、見せっこしようか」
 突然そんな提案をしてみる。当然の如く五月雨は顔を赤くした。
「ええっ。恥ずかしいですよぅ」
「大丈夫だよ。私しか見ないから」
 そう言って笑い掛けると、五月雨も渋々頷いた。二人で裏返した短冊をテーブルに置き、手をかける。
「じゃあ、いっせーのでいくよ」
「ううっ……笑わないでくださいね?」
「大丈夫だって。じゃあ行くよ、いっせーの!」
 一緒に短冊をひっくり返す。そこに書かれた文字を見比べて、夕張はやっぱり、と微笑む。五月雨は少しきょとんとした顔をしていた。
「……夕張さん、これって」
「ね? ……通じ合ってるでしょ、私たちも」
 二人の短冊には「大切な人とずっと一緒にいられますように」と一言一句違わずに書かれていた。
 五月雨は堪え切れなかったように吹き出し、夕張もそれにつられた。何だか妙な気分だった。たったこれだけの出来事なのに、とても愉快で、楽しい。
「夕張さん。これ、飾っちゃいましょうか。叶えたいですもんね、願い事」
「そうだねぇ。叶えたいね」
 窓辺に置かれた笹の木に、短冊を丁寧に結びつける。
 ふと見ると、夕張たち以外にも二つ、既に短冊が括られていた。きっと、赤城と加賀のものだろう。もちろん内容は見なかった。願い事の中身まで知ることができるのは、本当に大切な人だけでいい。
「それにしても、夕張さん。私の願い事、知ってたんですか?」
 五月雨が聞いてくる。
「何となくね。きっと、私と同じこと考えてるだろうなぁって」
「ふふ、それじゃあお互いの考えてること、筒抜けみたいですね」
 そう言った五月雨は、密かに肩と肩の距離を縮めてくる。その意図はわかっている。夕張も後ろから彼女の肩に腕を回そうとした。
「あれー? ゆうばりんと五月雨ちゃんじゃん。もう短冊飾ったの?」
 後ろから声が掛かる。慌てて腕を戻して振り向くと、北上と大井が肩を並べて立っていた。手には短冊を持っている。
「う、うん。二人も飾りに来たの?」
「へへん。まあね」
「北上さん、張り切って願い事、たくさん書いてたんですよ。もう短冊が一杯一杯で」
「だってさぁ、どうせならたくさん叶えてもらいたいじゃんか」
 北上たちは話しながら短冊を笹の木に付け始めた。
「あ、夕張に五月雨ちゃん。あんたたちも?」
「同じ目的っぽいー?」
 由良と夕立まで現れた。もちろん短冊を携えて。
「ありゃ、これまた珍しい。夕立ちゃんはともかく、由良、あんたって願い事するほど純粋じゃ――いたぁッ!」
 からかおうとした矢先に、わき腹に由良のチョップが炸裂した。
「あんたにだけは言われたくないわ。五月雨ちゃん、嫌気が差したらさっさとこんな奴、捨てちゃってもいいからね」
「えっ、そんなことしないですよ!」
「五月雨、今のは由良の冗談っぽい。あんまり間に受けなくてもいいよ」
 由良と夕立も短冊を飾りに行った。そうやって後から後から艦娘たちがやってきて、あっと言う間に笹の木は赤、青、黄色、様々な短冊に彩られていく。
「……全部、叶うといいですね」
 笹の木の前で賑やかに騒いでいる艦娘たちを見つめながら、五月雨が呟いた。
「そうだね。きっと、叶うよ」
 こうやって形になった願い事は夜の空に浮かび上がって、やがてはあの美しい天の川となるのだろう。
 私たちの願いもきっと、その中の一つとなって静かに光輝いている。そうだったら、いい。
 夕張はそう思い、後ろ手に五月雨の手をぎゅっと強く握りしめた。



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