咲-saki-


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透明な雨音の中で

穏憧




「むぅ、何で今日に限って降るかなぁ」
 窓の外、淡々と降り注ぐ雨を睨みつけながらシズが言う。
「まあまあ、天気ばっかりは変えようがないじゃん」
 私はベッドの上に寝転がっている彼女の頭を撫でてやる。すると不機嫌そうだった顔がすぐふにゃんと脱力した表情になるものだから笑えた。
 せっかく休みなんだから、どこかに出かけようか、なんて話していた矢先だった。
 先に雨に降られてしまっては、しばらくシズの家でじっとしている他なさそうだ。
「あーあ、出かけたかったのになぁ……」
「また言ってる。どこか行きたい場所でもあったの?」
「そういうんじゃなくて……久しぶりにアコと、その……デートできると思ってたからさ」
 最後になるにつれて徐々に小さくなるシズの声。嬉しくなって、私は少し赤くなった彼女の頬をつつく。
「ありがと。でも、雨の日だって悪くないと思うよ?」
 ほら、こっち来てみて。シズを誘って、窓のすぐ下に座ってみる。
「アコ、どうしたの?」
「しーっ。目を閉じてみて?」
 隣に座るシズは首を傾げていたが、素直に目を閉じた。私もそれに倣う。
「……ほら、雨の音が聞こえるでしょ」
「聞こえるけど、それがどうかしたの?」
「何て言うかさ、心が安らぐような気がしない?」
「あっ。そういえば、そうかも」
 しばらく二人で、雨の音に耳を澄ませていた。
 ぽつりぽつり、ぽつりぽつり。絶え間なく地面に跡をつける雫の足音。部屋の中の空気まで湿らせていくようだ。
 ふと、手を握られた。指まで絡んでくるシズの手は、熱すぎるほど温かい。でもそんな温度が、私を安心させてくれる。
「ねえ、シズ?」
「んー?」
「こうやって雨の音だけ聞いてるとさ、世界に二人だけ取り残されたような気持ちにならない?」
 シズが目を開けて私を見る。私は少し前から、目をつぶるのを止めて彼女を見ていた。
「……アコは怖いこと考えるねぇ」
「怖いこと、なのかな。でも、そんな気がしたからさ」
「うん。でも、悪くないかも。アコと二人きりだったら」
「そう?」
 どうしてかはわからないけれど。
 私たちは見つめ合って、どちらからともなくキスをした。何となく、惹かれ合うように。
 最初は表面同士で触れ合う程度だったのに、舌を入れ交わらせと少しずつ激しくなっていく。不意に雨の音が消えたような気がした。ただ、シズの吐息だけが耳の奥で響いている。
「アコ……いい?」
 シズが私の肩に手を置いた。注がれる眼差しはまっすぐで、少し震えている。
 頷かない理由なんてなかった。私も、おんなじ気分だったのだ。
「あ、服脱いじゃう?」
「あ、うん……」
 私は着ていたTシャツを脱いで上はブラだけを付けただけの格好になる。そしてシズと向かい合った。
 シズはおずおずと私の体に触れてきた。最初は頬。それから首筋、肩、お腹のところまでゆったりとした動きで撫でていく。時々指先で引っかくようにされて、私はその度反応してしまった。
「くすぐったい?」
 上擦った声でシズが聞いてくる。
「ううん。気持ちいいよ、シズの手」
 そっか、と少し照れた様子で、彼女はまた口づけをしてきた。以前したときよりも、断然上手くなっているみたいだ。キスも……こういうことも。
 シズは唇を離して、今度は私の体を味わい始める。跡をつけないで、と言っても結局つけられてしまうし、たまに歯形まであることもある。こういうところは相変わらずだった。
「これ、外すから」
 お互い息が上がってきた頃、シズは私の背中に手を回してブラのホックを外した。胸の側面に、まず軽く口づけ。思わず吐息が漏れた。
 それから胸の先をくわえられ、口の中で転がされた。ぴりぴりと微弱な電気のような刺激が走る。めまいがしてきそうだった。
「シズも脱いで?」
 さりげなさを装って言ってみた。シズは「あ、うん」とぎくしゃく頷いてジャージのファスナーを下ろす。その下の下着も外して一糸纏わぬ姿になった。私も全て脱ぎ捨てて同じ格好になる。
 床の上ではあれなので、私たちはベッドに移動した。お互い寝転がって、横向きで抱き合う。
 何の隔てもなく、シズの体温を直接感じる。私の一番好きな時間だった。
 こうしていると雨の音を聞いているよりずっと落ち着いて、体の芯から力が抜けてしまいそうになる。シズはやっぱり、温かいから。
 ふと思いついて、私は膝をシズの足の間に割り込ませた。少し持ち上げると、わずかに湿った感触を感じ、シズが小さく声を上げた。
「あっ、ちょっ、アコ……」
「……シズ、濡れてるね」
 静かだった鼓動が再び騒ぎ始める。更に私はシズのそこに膝を擦り合わせた。
「ねえ、どんな感じ……?」
「んっ……ど、どんな感じって?」
「気持ちいい?」
「き、気持ちいい、けど……」
 縋るような目で、彼女は私を見上げた。
「アコの手の方が……嬉しい、とか」
 その言葉が、私の胸を突いた。思わず唾を飲み込む。
「うん、知ってる」
 私は腕を伸ばして、シズの秘所にそっと触れた。こんなに濡れるのかと感心してしまう。前の時よりもずっとすごかった。
 指全体で擦り上げるようにシズの柔らかい所を愛撫していく。くちゅり、と雨よりも粘り気のある水音が密かに聞こえた。それが尚更私の感情は高ぶらせる。
「ああっ……!」
 私が中指を差し入れると同時に、シズの体が大きく揺れた。まだ第一関節を少し過ぎたくらいなのに、きゅうきゅうと強く締め付けてくる。
「い、痛い?」
「ま、まだ少し……」
 ねえ、アコにも触っていい? 息絶え絶えにシズは聞いてくる。
「……いいよ」
 返事をしてすぐに、足の間にシズの指を感じた。私は声を抑えながら、更に彼女の中に自分の指を沈ませていった。
「……シズ」
「あ、アコ……」
 お互い手は止めないままで、何度目かのキスをする。唇も、舌も、体も、何もかも溶けていくような感覚。全身から溢れていくような幸福感が私を包み込む。
 雨の音は聞こえない。
 だけど確かに今私たちは、世界に二人きりだった。


「……あ、雨止んだね」
 体を起こして、シズが窓を指さした。先ほどまで空を覆っていた雲がいなくなり、日の光が射し始めていた。道理で、雨の音がしないはずだ。
「ねえ、出かけない?」
 せっかく気だるい充足感に浸っていたのに、シズはそんなことを言い出す。
「えっ、今から?」
「だって、せっかくの休みなんだしさ。デートしようよ、デート!」
 先ほどの疲れなどこれっぽっちも滲ませていないシズに、呆れてしまう。
 でも、まあ。意気揚々としている彼女を見ていたら、出かけたい気持ちになってきたのも確かだ。
「……よし、じゃあ休日デートと洒落込みますか」
「わーい。じゃあ山行こうよ山!」
「いや、これから山登りはキツいわ」
 そんなやりとりをしながら、私たちはデートの予定を立て始めるのだった。



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