咲-saki-


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手を繋いで歩こう

シロ塞




 あと一回。一回くらいなら、塞げるだろうと思う。
 麻雀部の部室にて、部員のみんなと対局の真っ最中だった。場はオーラス。そして私の手は、張っていた。
 ここでリーチをかけて上がれば、私の逆転一位だ。しかし私は、リーチをかけるかどうか迷っていた。
 私は雀卓についている面子を見渡す。胡桃とエイちゃんに変わった様子はない。問題は、正面に座っている豊音だった。リーチをかければ、おそらく彼女は真っ先に追いかけてきて私より先に上がってしまうだろう。
 ならばやっぱり、塞ぐしかない。
「塞、顔色悪いけど、大丈夫?」
 胡桃が声をかけてきて、我に返った。慌てて笑顔を繕う。
「あ、ああ、平気」
 そう言ったが、本当は全然平気じゃなかった。先ほどから、何回か豊音の追っかけリーチと裸単騎を塞いでしまっている。体はずしりと重く、額を汗が伝っていく。体力の限界が近い、と思う。
 でももしこれがインターハイの会場だったら。そんな考えがよぎって、私は奥歯を噛みしめた。
 何度か瞬きをした後、ぐっと睨みつけるように豊音を見た。そして、牌を横にして切る。
「リーチ」
 私の発声を聞いて、豊音は一瞬顔を綻ばせる。だが私の視線に気づいて、あたふたとし始めた。
「わわっ。通らばリーチ、できないよー」
 渋々彼女が捨てた牌が、当たりだった。何たる幸運。助かった。
「……豊音、それロン」
「あー、また塞がれちゃったかー」
「えへへ、悪いね豊音。これで私の逆転勝ち……」
 背もたれに寄りかかろうとして、体の感覚がブレた。
 あ、やばい。そう思ったときには、私は椅子から転げ落ちて、床に投げ出されていた。目の前が徐々に暗くなっていき、意識が遠ざかっていく。
「塞ッ!」
 誰かの腕が、私を抱き起こした。シロだ、と私は直感する。案の定、驚いているシロの顔が目の前にあった。
 それを最後に、私の意識はブラックアウトした。


 誰かが私の頭を撫でていた。そっと髪を梳かすような、優しい手つき。目を開けると、シロが私を見下ろしているのが見えた。
「シロ……?」
「塞、起きた?」
「あれ、私どうしたんだっけ……」
 そこで思い出した。みんなと対局が終わってすぐに、私は倒れたのだ。
「あ、そっか……」
「もう体は大丈夫? ダルくない?」
「うん、ごめんね……」
 そう言った後、違和感を感じる。私は今、どうやら寝かされているようだ。だけど仰向けの私がシロの顔を見られるという状況と、後頭部に感じる柔らかい感触を考えると……。
 ぼんやりした意識が一気に覚醒した。
「わっ!」
 飛び退くように私は体を起こした。案の定、私はシロの膝を枕に、部室のソファで横たわっていたのである。
「ご、ごめん」
「えっ、何が」
「わ、私の頭、重かったでしょ?」
「いや別に……」
 思わず間の抜けたことを口走ってしまう。それを誤魔化すために、質問を重ねる。
「そ、そういえば、みんなは……?」
「塞のこと心配してたけど、もう遅いし豊音のバスの時間もあるから、一足先に帰ってもらった」
 言われて窓の方を見ると、確かに外はすでに暗くなり始めていた。寒くなり始めた季節独特の、色濃い青が空気を染めている。思ったより長い時間、私は眠っていたようだ。
「ごめん……」
 今日何度目かのその言葉を口にする。みんなに心配をかけて、挙げ句にはシロに迷惑までかけてしまった。
 私、何やってんだろ……。自己嫌悪が鋭く胸を突く。
 隣でうなだれている私を見て、シロは軽くため息を漏らしたようだった。
「塞」
「……何?」
「どうしてあんな無茶したの」
 不意に尋ねられる。彼女も気づいていたのだ。
 「塞ぐ」のには、集中力と忍耐力をかなり必要とする。ちょっとでも気を抜けば、相手の上がりを止めることは出来ない。
 一回の対局であまり多用してはいけないと熊倉先生からも言われていたが、今日の私は連発してしまった。
「……インターハイが」
 と、ようやく私は口を開く。
「豊音が来て、エイちゃんも入ってくれて。今まで四人打ちも出来なかった私たちがインターハイを目指せるって思ったらさ……何だか、焦っちゃって」
 正直、私はそこまで麻雀は強くない。全国には、私より圧倒的な強さを持つ高校生がうようよといるだろう。でも私にだって、出来ることがあるはずだ。
 だから、止まれなかった。自分の限界など、どうでもよくなってしまうくらいに。
「……塞はさ、何でも一人で背負い込みすぎ」
 ソファの上に投げ出されていた私の手に、シロの手が触れる。ほんのりと温かい体温が指に絡まってくる。
「もっと肩の力抜かないと、ダルいでしょ。今日みたいに倒れちゃったら、みんなも心配するし。それに……」
 彼女の手にわずかに力が入るのがわかった。
「……私も、心配だし」
 そう言った彼女の口調はいつもと変わらない。だけど私を捉えたその瞳は、不安の色が滲んでいた。
 心配をかけてしまった。すぐにそう理解した。
「……うん。ごめん、ね」
 彼女の手を握り返した。思っていたよりも、シロはもっと私のことを大切に思ってくれているようだった。
 ……どうしよう。すごく嬉しく、なってしまった。
「……ねえ、シロ」
「ん?」
「ちょっといい?」
 こちらを向いた彼女の頬に、手を添える。そのまますばやく顔を近づけ、唇を合わせた。
「塞……んっ」
 少し乾燥しているけれど、充分な柔らかさと弾力。私は舌先でなぞりながら、表面を湿らせてやる。
 するとシロも自分の舌を私に絡ませてきた。その動きには強引な激しさはなく、ゆったりとした穏やかさがある。
「……どうしたの、塞」
 長いキスを終えて、顔を離したシロが尋ねてくる。彼女の目はビー玉のような濡れて光っていた。その体に、私は顔をうずめた。
「……わかんない、けど」
 シロのことが、愛おしくなってしまって。そんなことは口に出さない。黙っていると、シロが私の肩に手をやって、優しくソファに押し倒した。
「ダルくない?」
「うん。シロのおかげで」
「わかった」
 彼女が上で、私が下で。重なり合いながら、もう一度深く口づけを交わす。シロはやや余裕のない指使いで私の制服のリボンを外した。一つボタンを外して露わになった首筋に、音を立てて軽く吸い付く。こそばゆさとは別の感覚が走り、思わず吐息が漏れてしまった。
 制服、中のワイシャツも開かれて、隠し立てを失った私の素肌に彼女のキスが立て続けに降りてくる。
「あのさ……」
 口ごもるシロ。私はすぐに彼女の考えがわかった。
「うん、外すね」
 私は中途半端になった服を脱ぎ捨てて、ブラのホックも外した。スカートはそのままというやや間抜けな格好になる。だが気にしている余裕はもうなかった。
 再び寝転がった私の体に、シロは覆い被さる。そのまま剥き出しの胸に顔をつけ、芽吹き始めていたその先を口に含んだ。
「あっ、シロ……」
 遅々と彼女は口と舌を動かす。ちょっと物足りないそんな彼女の愛撫は、じらされているようで悪くない。何より普段何事にも億劫そうな彼女が私にそんなことをしてくれているという事実で、体が震えてしまう。
「……気持ちいい?」
「あ、うん……」
「そっか」
 私の答えに、彼女は安心したようだ。舌使いに迷いがなくなって、ほんの少しだけ荒々しくなる。
「んっ、あっ、シロ……」
「声、我慢しないで」
「だ、だって、恥ずかしいよ……」
「塞、可愛い」
 平気でそんなことを口にする。まるで別人だった。彼女の指と舌で、徐々にかき回されているような気分になる。
 やがて、彼女の手がスカートを掴んだ。
「これも、外すね」
「……ん」
 スカート、そしてショーツも。私が身に纏っていたものはこれで全てなくなった。生まれたままの姿を、今シロの前に見せている。目がくらむようだ。
 ややぎくしゃくした手で、シロはやんわりと私の足の間に触れた。
「濡れてる……」
 やや放心気味にシロが呟く。細められた瞳は、どこか恍然としているようにも見えた。ぞくり、と背筋が震える。
「あっ、ちょっ、シロぉ……」
 シロの指が表面を撫で上げる。くちゅりと粘り気のある音が鳴った。
「い、痛く、ない……?」
「んっ……へ、平気」
「じゃあ……入れるね」
 彼女がそう言ったすぐ後に、あてがわれた二本の指が私の中に入ってきた。電気にも似たものが全身に走って、たまらず私は声を上げる。
「んくっ……あぁっ!」
 私を凝視しながら、シロは滑り込ませた指を蠢かせる。高まりの波が徐々に押し寄せてくる。怖くなって、シロの背中に腕を回してすがりついた。
「シロ……ねえ、お願い」
「塞……」
 私が言うと、シロはすかさず唇を奪ってくれた。序盤の緩やかさはなく、ただ純粋にお互いを求めるままのキス。シロの味が口いっぱいに広がって、意識が曖昧になっていく。
「あっ!」
 その時、シロの指が私の一番敏感な所を押し上げた。それがわかったのだろう。彼女は執拗に同じ場所を攻めてきた。
「あっあっ、シロ、そこは……」
「塞……すごい締め付けてくる……」
 もつれ合いながら、私たちは何度目かのキスをする。全身をシロに愛されているような感じだった。一気に高まりへと連れていかれる。
「んんっ……!」
 唇を塞がれたまま、達した私は大きく震えた。シロの体にしがみついていたおかげで、何とかまた気を失わずに済んだ。
「塞……大丈夫?」
 私に固く抱き締められたシロが、くぐもった声を出す。しばらくしてから、ようやく答えられる。
「う、うん……ちょっと、寒いけど」
 そう言った瞬間に、くしゃみが出た。


 すっかり暗くなった帰り道を、シロと肩を並べて歩く。
「塞、歩くの早い……」
「いや、普通だって。シロが遅いんだよ」
 足を引きずるようにして、シロが私の後を追ってくる。いつもの見慣れた日常。それでも今日は、ちょっとだけ違う。
「……あのさ、シロ」
 私は立ち止まって、彼女を振り返った。
「今日は色々とごめんね。それと……ありがとう」
 口ごもりながらも、最後まで言えた。真っ直ぐな言葉を使うのは照れくさい。だけど、どうしても伝えたかった。
「さてと、インターハイに向けて頑張りますか。……みんなで」
 向き直って、私は歩き出す。そう、みんなで。私は一人ではないから。
 シロが、そう教えてくれた。
 ふと、後ろから手を握られた。
「ダルい、から。……引っ張ってってくれる?」
 私の手を掴んだシロは、顔を俯かせてそう言った。
 ちょっとした照れ隠し。私にはすぐにわかった。彼女もまた私のことを、必要としてくれている。
「しょーがないな」
 にやけそうになるのを堪えながら、私もしっかりとその手を握りしめるのだった。



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