悪魔のリドル


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悪魔のリドル140字→約1000字ss全カプ+おまけ詰め合わせ





『こっち見てよ』
乙しえ

 武智乙哉はムっとしていた。先ほどから同室の剣持しえなが本を読み耽っていて、さっぱり構ってくれないからである。
「ちょっと、しえなぁ? ここに超プリティーで素敵な女の子がいるのに、何読んでるのさぁ。そんなのいつだって読めるじゃんか」
「うるさいな、乙哉。今いいところなんだ。今いいところは今しか読めない」
 ベッドの上でうつ伏せのしえなににじり寄るも、手で払われてしまった。乙哉はますます負けん気を発揮し、今度はその背中の辺りに勢いよく頬ずりを始める。
「ねえねえ、ってばぁ。ねえねえ、しえなぁ」
「あーっ、うるさいな! 犬かお前は! 後で構ってやるからあっち行ってろ!」
「やだよーだ。しえなは本とあたし、どっちが大事なわけ?」
「本」
 にべもない即答だった。乙哉がムっと押し黙ったのをいいことにしえなはさっさと本に戻ってしまう。更に乙哉はムっとする。頬まで膨らませて不機嫌をあからさまに表した。
 何とかしてしえなの関心を引けないだろうかと頭の中で模索する。そして、思いついた。
 にやにやと笑いながら、気づかれないように耳元に顔を寄せていく。そして思う限りの官能的な囁き声で言い放った。
「しえなぁ? こっち見ないと、いたずらしちゃうぞ?」
「――なっ!?」
 振り向いたしえなは耳まで真っ赤な顔をしていた。予想以上の可愛い反応に、乙哉は本能のまま彼女を押し倒しその上に覆いかぶさった。
「しえなさぁ、そんな可愛い顔見せちゃダメだよぉ?」
「こ、こら! さっきまで犬みたいだったくせに急に強気になるな!」
「えー、犬だって肉食獣だし?」
「アホか! いいから落ち着け! 伏せ! お座り!」
「残念、聞けませーん」
 乙哉は暴れるしえなの唇を強引に奪った。
 結局そのあと乙哉がしえなを解放したのは、ほとんど夜が明けた頃だった。



『甘えてよ』
春伊

「あんたって、そういえばお姉ちゃんなのよねー?」
 寮の部屋でくつろいでいると、唐突に犬飼伊介が寒河江春紀にそう言った。春紀は頷く。
「ああ、そうだけど?」
「兄弟もいっぱいいるんでしょ? 騒がしくて嫌にならない?」
「いや、もうとっくに慣れたよ。むしろ子供のうちはそれくらいじゃないとな」
「世話とかも面倒じゃない? 伊介だったらダルくて放り投げちゃいそぉ」
「あいつら、意外としっかりしてるんだ。逆に手が掛からなくて心配してるよ」
「ふーん。でもお姉ちゃんでいるのも大変じゃないー? 疲れちゃうでしょ?」
「うーん、そんなの考えたこともないなぁ」
「……あっそ。つまんないの」
 ぷいっと、伊介がそっぽを向いてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。訳が分からず春紀は首を傾げる。
「おい、何だよ伊介さま。あたし何か悪いこと言ったか?」
「べっつにー。何でもないわよ」
 窓の外を睨んでいる伊介はあからさまに不貞腐れていた。どうしたというのだろう。
 ――まったく、仕方ないお姫様だな。
 春紀は立ち上がって、彼女を包み込むように後ろから抱きしめてやる。
「ちょっと、何? 鬱陶しいんだけど」
「悪かったよ、伊介さま。なあ、教えてくれよ。何で怒ってるんだ」
「別に怒ってなんて、ないけど」
「そうだな。じゃあ今思ってることを言ってみてくれ。な、いいだろ?」
 そう言ってやると、伊介はバツが悪そうに口ごもり、それからたどたどしく言葉を紡いだ。
「……たまには、あんたにも甘えてほしいなって……思っただけ」
 意表を突かれて数秒きょとんとする春紀。それから、顔いっぱいに笑顔を咲かせた。
「なるほどな。じゃあ今日一日、伊介さまはあたしのお姉ちゃんだな」
「なっ、何よその顔。やっぱさっきのなし! 伊介、もう知らないから」
「あたしが伊介さまに甘えたいんだよ。今日だけ、あたしのお姉ちゃんになってくれないか? ダメ?」
「……そういうことなら、勝手にすれば」
 伊介の頬に、春紀は口づけをする。目を逸らしているのは、多分照れ隠しなのだろう。ほんと、わがままなお姫様だ。わがままで、とことん可愛い。
 さて、これからどんな風に甘やかしてくれるのだろう。してもらいたいことはたくさんあった。
「あのさ、伊介さま」
「何よ。ほんと、春紀はしょうがない子ねぇ」
 伊介の精一杯の姉の態度に苦笑しつつ、春紀は頭の中でリストアップしていた内容を彼女に耳打ちするのだった。



『どうでもいいよ、そんなこと』
ちたひつ

「千足さん。もしもの話をしてもいいですか」
 本棚から抜いた本を眺めながら、桐ケ谷柩が言った。彼女が来たいと言ったので、学園内の図書館に来ているところだった。
「ああ、いいよ。してみてくれ」
 快く、生田目千足はそう返した。柩は少し照れくさそうに笑ってから、続ける。
「もしもぼくが、千足さんの思っているようなぼくじゃなかったらどうします? 今のぼくは、魔法で繕っただけの、仮初めのぼくなんです」
 彼女は目を伏せて本のページを捲る。
「そして、十二時になったらその魔法は解けてしまう。ぼくの本当の姿を見てしまったら――千足さんはどうしますか?」
 じっと上目遣いで見つめられた。なるほど、シンデレラか、と千足は気づく。しかし例え話にしては、やけに柩の様子が真剣であるのが気にかかる。
「それはもしもの話、なんだよな」
「ええ、もちろん。もしもの話です」
 柩は笑う。どこかぎこちないその表情。千足は少し考えてから、口を開いた。
「そうだな。そのもしもに対する私の回答はこうだ。――どうでもいい」
「へ?」
 ぽかんとした彼女の頬に右手を添えて、千足は続ける。
「桐ヶ谷がどんな姿だって、私が君を想う気持ちは変わりはしないよ。だって私は、君を構成しているもの全部が、好きなんだから」
 そう言って、千足は更に彼女の手をとって、そこに口づけを落とした。
「私は桐ヶ谷の優しいところが好きだよ。私の名前を呼ぶ時だけ声が少し高くなるところも好きだ。眠っている時に少し口を開けているのも、可愛いと思う」
「ち、千足さん?」
「つまり私は、桐ヶ谷の全部が好きなんだ。簡単にこの想いが変わることは、多分ないだろうな」
 柩の顔が赤く染まっていく。ほら、そんな風にすぐ反応してしまうところも。千足は微笑む。
「キザですね、千足さんは」
「そうかな。そういうつもりはなかったんだが」
「でもそういう千足さんも、ぼくは大好きです」
 満面の笑みでまっすぐにそう告げられて。
 千足も、「私も桐ヶ谷のことが、大好きだよ」と照れながら返すのだった。



『宛先のない手紙』
すずこう

 首藤涼がその手紙を見つけたのは、寮から出ていこうとしているときだった。
 まるでゴミのように丸められ、ベッドの下に落ちていたのだ。広げてみると、それが便箋であることがわかった。
 宛先もなく、送り主の名前もない。しかし涼にはそれが誰からで、誰に宛てたものか知っていた。
 贈り主は、一足先に学園から去って行った元ルームメイト、神長香子だ。寮の部屋の中に落ちていたから、宛先はおそらく自分だろう。
 しかし、と涼は思う。ワシも学園から出ようとしているときにこれを見つけるとは、これも何かの因果かのう。
 手紙の文面に目を通す。

『この手紙は別に出すつもりはない。ただの私の内面吐露であり、自己満足に過ぎない。これを書き終わったら、おそらく私は焼却炉にでも放り込むだろう。だから、好きなことを書く。
 私は、今まで自分がずっと一人だと感じていたと思う。確かに一人ではない時もあったが、結果的に私は一人になった。それは私自身のせいであり、今でも背負っている十字架だ。
 だが、そんな私を必要だと言ってくれる奴がいた。そいつは私と同じような孤独の中で生きてきたようだった。そういうのは匂いでわかる。
 だからと言ってただ同情していただけではないのも知っている。彼女は、本気でそう言ってくれたのだ。静かに、柔らかくだったが、そこには熱い思いが隠されていたように思う。
 もう一度言うが、この手紙は出すつもりで書いたものじゃない。おそらくは誰の目にも触れることはないだろう。
 だがもし。これがあいつの目に触れることがあったのなら。ここでだけ、言っておきたい。
 なあ、まだ気持ちは変わっていないか? 私を必要だと言ってくれたあの気持ちは、今もそこにあるか?
 そんなことが万が一にもあり得たなら、もう一度だけ。
 もう一度だけ、お前に会いたい。』

 読み終わった涼は、もう一度隅々までなぞるようにその手紙を読んだ。
 そして、一人で静かに笑う。
「……まったく。香子ちゃんはこういうときだけ、素直なんじゃから」
 手紙の皺を丁寧に伸ばしてから、スカートのポケットに仕舞い込んだ。荷物を詰め込んだ鞄を背負い、扉に手を掛ける。
 手紙が焼却炉などでなく、この部屋に置かれていた意味。半ばあり得ないと感じながらも、彼女は。――彼女は絶対、待ってくれている。涼は確信していた。
「待ってろ香子ちゃん。今、行くからの」
 今はまだ遠くにいるであろう彼女にそう告げて、涼は外へと飛び出した。



『先着順』
すみまひ

「……あの、英さん」
 後ろを歩いていた番場真昼が、おずおずと話しかけてきた。呼ばれた英純恋子は振り向いて応じる。
「何かしら、番場さん」
「え、えっと……あの……」
 すると普段から委縮気味な真昼は、ますます縮こまってしまう。きっと正面から視線を浴びせてしまったからだろう。純恋子はこほん、と軽く咳払いをした。
「ゆっくり仰っていただいて構いませんわ、番場さん。ここには誰もいないし、わたくしはいくらでも待ちますから」
 昼休みで黒組の他の面々は食堂へと出払っているからか、純恋子たちのいる廊下はしんと静まり返っている。どうせ立ち止まっていたところで誰も咎めはしないだろう。
 純恋子の言葉に、真昼は少し安堵したようだった。たどたどしく単語と単語を繋げていく。
「……夜は、真夜の番、ですよね。だから今は、わたすの番で、その……」
 断片的であったが、彼女の言いたいことはよくわかった。純恋子は口元を歪める。
「……わかりましたわ。では、あちらへ行きましょう。ここでは誰が通りかかるか、わからないですから」
 そう言って、真昼の手を引いて歩きだした。近くの教室の扉を開き、あまり使われていなさそうなのを確認した後、中へ入る。机が片付けられているため、広々としていた。どうせならと、真ん中まで移動する。
「は、英さん……私やっぱり……」
 真昼が怖気づいたような声を出したので、純恋子は振り返ると同時に彼女の唇を塞いだ。首に腕を回して抱き寄せ、逃れられないようにする。
 唇と唇がぴたりと噛み合い、出来た空間の中で二つの吐息がぶつかる。純恋子は開いた真昼の口に、自分の舌をするりと忍び入れた。
 真昼の番とはつまり、こういうことなのだ。
「はっ……英さ……っ」
 最初は流されるばかりで受動的だった真昼も、舌の抱擁を返してくるくらいには大胆になった。腰に手が巻き付けられたのを感じて、純恋子は心の内で笑う。
 周りの空気までじっとりと湿ってしまうようなキスを終えて、二人は向かい合った。
「……夜は、真夜さんに譲ってあげてくださるかしら?」
 少し挑発的にそんなことを言ってみる。すると、予想外な返答があった。
「……今は、私の番、ですから」
 真昼の視線が純恋子を射抜く。果てしなく自分を求めてくるようなその瞳に、呑み込まれてしまいそうだった。
 そのとき、不意にチャイムが鳴り響いた。昼休み終了の合図だ。
「あら、大変。番場さん、急いで戻らないと――」
 純恋子は動けなかった。まだ真昼の腕ががっちりと体を捕まえていたのだ。
「……あと少し、だけ」
 素早く彼女の顔が近づいてきて、唇を奪っていく。柔らかい舌が、純恋子の思考をかき乱した。
 もうすっかり授業のことなど、どうでもよくなってしまった。
「……もう。仕方のない人ね」
 キスの合間にそう告げてから、純恋子は再び真昼の唇へと落ちていった。



『空腹に効くクスリってありますか』
兎晴

 ころん、ころんと。
 先ほどから隣を歩く一ノ瀬晴は口の中で何かを転がしていた。東兎角は尋ねてみる。
「一ノ瀬、さっきから何を食べてるんだ?」
「あ、これ? ピーチ味の飴だよ! なんと、炭酸飲料の爽やかさを再現してるらしいです!」
 購買で売っていたんだ、と嬉々として答える晴。ただの飴にしては随分大げさな喜び方だ。そんなにおいしいのだろうか。
「一つ貰ってもいいか。少し腹が減ったんだ」
 二人は寮に帰るために学校の廊下を歩いていた。学校が終わったとはいえ、夕食までまだ時間は随分ある。空腹を紛らわしたかったので、とりあえず何か口に入れたかった。
「はい、もちろん……って、あれ」
 肩に掛けたスクールバッグを漁っていた晴が顔をしかめる。それから空になった飴玉の袋を取り出して逆さまに振った。当然、飴は出てこない。
「……ごめんなさい。今、晴が食べてるので最後みたい」
「そうか。それならいいよ」
 別にそこまで欲しかったわけでもない。兎角はそう言ったが、晴の方はまだ煮え切らないような顔をしていた。 ふとそこに、いたずらを思いついた子供のような笑みが浮かび上がる。
「んふふ。兎角さん、ちょっと立ち止まらない?」
「何だ、気持ち悪いな。急にどうした」
「べっつにー。とりあえず、少し休憩しましょうよ」
 訝しく思いながらも、その場で足を止める兎角。晴も揃って立ち止まる。
「それで、何だ」
「あ、こっち向いてもらってもいいかな?」
「は? まったくいい加減に――」
 言われた通りにした途端、晴が急接近してきた。唇に触れる柔らかな感触。晴の唇だ。
 間髪入れずに、舌が兎角の口を割って入ってきた。それは少し兎角の舌をくすぐるようにしてから、何かを落としていく。
 飴玉だった。
「えへへ、お裾分けだよ」
「……お前な。こんなところでして、誰かに見られたらどうするんだ」
「平気平気。それより兎角さん、お味はどう?」
 照れたように笑いながら、晴が尋ねてくる。兎角は少し考えてから、口を開いた。
「まあそれなりに、美味しいな」
「でしょう! 爽やかな感じだよね!」
「……だがな、もうなくなってしまったぞ」
 既に小さくなっていた飴は、完全に兎角の中で溶けてしまった。
「ええっ! そんなぁ。もっと早く渡せばよかったね」
 しょげている晴を見て、思いついた。さっき驚かされた仕返しをしてやろう。
「……というわけで、お代わりをもらおうか。味は、まだ残ってるだろう?」
 腕を引いて抱き寄せて。目と鼻の先まで唇の距離を詰める。晴は意表を突かれたようだったが、やがて微笑みを浮かべた。いつもより、ちょっとだけ大人びた笑い方だった。
「今度は、しっかり味わってね?」
 ……本当にこいつには、敵わないな。
 そう思って、兎角は彼女の唇のお代わりをいただくのだった。



おまけ
『猫可愛がり』
理事鳰

 走り鳰は周りをきょろきょろと見渡していた。
 深夜、学園内の廊下を歩いているような人間は自分以外にいないだろうが、一応警戒はしておく。誰もいないことがわかると、理事長室、とプレートの掲げられた扉をノックする。
「失礼するっス。鳰っス」
 そう言って扉を開けた。壁一面に張り巡らされたディスプレイを見ていた理事長の百合目一が振り返る。鳰の姿を認めるなり、不敵に微笑んだ。
「あら、鳰さん。珍しいわね、こんな時間に」
「へへ、そっスね。あ、今大丈夫っスか?」
「鳰さんなら大歓迎よ。……でも、随時報告はこの前してもらったはずだけど?」
「いや、それとはまた別件で……」
 こんなことを頼むのは、少しだけ気が引ける。少し口ごもってもじもじとしながら、鳰は言った。
「えっと、いつものアレ……いいっスか?」
 鳰の言う『アレ』の意味をすぐ察したらしく、百合目は笑みを深くした。
「あら、またなの鳰さん。この前にもしたばかりじゃない」
「まあ、そうなんスけど。いえ、もちろん理事長が嫌だったら……」
「そんなことはないわ。……まったく、あなたって手の掛かる子ね」
 ほら、来なさい。百合目は鳰に手招きして、自分の膝をポンポンと叩く。仕方なくというよりは、彼女も心なしか楽しんでいるように見えた。
 もちろん鳰は嬉々として彼女の元へ向かう。そして座っている彼女の足元に跪いた。
「じゃあ、失礼するっス」
 言うなり、その膝元に顔を埋める。そのまますりすりとスカートの上から頬を擦り合せた。花のような柔らかな香りが鼻をくすぐる。名前の通り、彼女からは百合のいい香りがした。
「本当に、鳰さんはこうするのがお好きなのね」
「そっスね。理事長とこうしていると、落ち着くっスから」
 実際に鳰の心はとても安らいでいた。頬ずりをやめ、顔を横向きにしたまま目を閉じる。服越しに百合目の体温を感じ、思わずため息が出た。まるで下ろしたての絹のシーツに横たわっているみたいだ。
 ふと、頭に何かが触れてきた。百合目の手だ。鳰を撫でてくれているらしい。
「今の鳰さん、猫にそっくりだわ。まあ普段から、それっぽい雰囲気ではあるけど」
「にゃー」
 もっと撫でてほしくて、そんな甘えた声を出してみる。愉快そうな笑い声が頭上から聞こえた。
「ふふ、可愛らしい猫ちゃんね」
 彼女の手が鳰の頬をなぞってから、指先で顎の下をくすぐってきた。鳰は顔を上げて、喉を鳴らす真似をする。
「……ねえ、鳰さん」
 ふと呼びかけてきた声には、若干愁いが混じっていた。鳰は百合目を見上げる。
「理事長? どうしたっスか」
「裁定者として、成果を上げようと頑張ってくれているみたいだけど――あまり無茶はしてはだめよ。特に今回の黒組は特別なのだから」
 素知らぬ顔をしているけれど、連中はほとんど危険な暗殺者だしね。百合目は言う。
 少なからず、鳰は驚いていた。まさか自分を心配してくれているのだろうか。まさか彼女に限ってそれはないと思う。
 でももしそうなら。そう思ってしまうと、ますます調子に乗ってしまいそうだ。
「……大丈夫っスよ。こう見えてもウチ、猫被るのは得意っスから」
 手を丸めて猫のポーズを取ってやると、百合目が噴き出した。
「そうね。鳰さんは猫だものね」
 百合目がもう一度、頭を撫でてくれる。今までで一番、優しい手つき。体から力が抜けて、鳰はうっとりと目を閉じた。
「というわけで、今日はしっかり甘やかして欲しいっス。……猫は、甘えたがりっスから」
「ええ、もちろんよ。……でもそれは、猫だけかしらね?」
「さあ、どうっスかねぇ」
 とぼけた笑みを浮かべてから、鳰は再び百合目の体にその身を預けた。



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