悪魔のリドル


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乙しえ詰め合わせ

乙しえ




君という花

「おい、武智。さっきから何してるんだ?」
 眉を潜めて、剣持しえながそう尋ねる。先ほどから、前を歩く武智乙哉がよくわからないことをしているからだ。
「えっ? ああ、これのこと?」
 乙哉はしえなを振り向いて、手を差し出す。そこには、何本かのたんぽぽの花が握られていた。
 しえなたちは昼間の学園敷地内を歩いている。乙哉は時々道ばたでかがみこみ、たんぽぽを摘んでいた。
 よくわからないな、としえなは思う。そんなもの集めたって、どうせ後で捨てるだけじゃないか。
 実際そう言ってみると、乙哉は苦笑いをする。
「まあ、そうなんだけどね。別に集めてるわけじゃないよ」
「じゃあ何のために、そんなことしてるんだ?」
「ほら、これ」
 どこからか、乙哉がハサミを取り出す。一度しゃきん、と小気味のいい音を鳴らしてから、口の端を歪ませた。
「あたし、これ使うの好きだからさぁ。こうやってちょきんと、花を摘み取ることに意味があるんだよ」
「またそれか。武智の頭の中は切り裂くことばっかりだな」
「まあ、あたしはそういうシリアルキラーだし?」
 開き直った態度に、呆れてしまう。ここまであっけらかんとしているシリアルキラーがいるとは。この国もまだまだ平和だ。
「……でもさぁ。あたしだってそんなことばっか、考えてるわけじゃないよ?」
 不意に乙哉が距離を詰めてきたので、思わず一歩退いてしまう。更にこちらに向かって手を伸ばしてくるものだから、しえなは身を竦めて目を閉じた。
「あはは、ビビんなくていいよ。何もしないから」
 髪の先のおさげに、何かが触れるのがわかる。目を開けると、乙哉が満足そうな顔をしているのが見えた。
「おっ、やっぱり似合ってんね」
 たぐり寄せたおさげの部分に、先ほど乙哉が摘んでいたたんぽぽの花が添えられていた。まるで、髪飾りのように。
「――あたしにだってさ、摘み取りたくない花はあるよ」
 乙哉はふと、しえなのおさげを持ち上げて、その先に口づけする。あまりに自然な動作だったので呆然としてしまった。後から、猛烈な恥ずかしさがこみ上げてくる。
「た、た、武智っ! おまえいきなり……!」
「へ? あ、ごめんごめん。あたし、しえなちゃんのおさげも好きだからさ」
「そ、そういう問題じゃないだろ!」
 怒るしえなに、乙哉はあくまで素知らぬ顔。そんないつものやり取りに戻っていた。
 ――あたしにだってさ、摘み取りたくない花はあるよ。
 真面目なトーンで言われたその言葉が。染みついたたんぽぽの香りと共に、いつまでもしえなの耳の中で響いていた。



君という花 その2

 寮の部屋に帰ってきたしえなを、机の上に飾られた立派な花たちが出迎えてくれた。また乙哉の仕業か、とすぐ悟る。
 ベッドに寝転がっていた張本人が、声をかけてきた。
「あ、しえなおかえりー。早かったじゃん」
「おい、乙哉。また花を生けたのか。どうするんだ、これ」
 色とりどりの花が飾られているのはなかなか綺麗な眺めだが、いかんせん大きすぎた。机の上に置いておくには幅を取りすぎる。
「あ、そうだった。どーしようかな、これ」
「何も考えずに生けたのか、まったく」
 ため息をつく。今までも乙哉は気まぐれで何回か生け花をしているが、後処理については一度も考えていなかった。呆れる学習力の無さだ。
「物を作るのはいいが、作った後のことも考えてよ。邪魔になるだろう」
「はいはい、わかったよぉ。しえなったら、姑さんみたいだなぁ」
「誰が姑さんだ、誰が」
「うーん、仕方ない。また溝呂木センセーのところに持っていくかなぁ」
 ベッドから起きあがった乙哉は生け花と向き合って何やらぶつくさ呟いている。
 何気なくしえなもそちらの方を向いていると、頭をよぎるものがあった。口を開く。
「そういえば少し前に、乙哉がボクに言っていたことがあったな」
「へ? 何のこと?」
「ほら、摘み取りたくない花もあるとか、何とか」
 あれは自分を花に例えたんだと、しえなも恥ずかしながら気づいている。
「あれ、そんなこと言ったっけ?」
「……まあ、やっぱり覚えてないか」
 案の定わかっていない顔をしている彼女の隣に並ぶ。そして、花器に並べられた花を一輪、手に取った。
「……ボクも時々、ごくまれに――乙哉も花に似てるって思うときがあるよ」
 そして乙哉の髪に触れて、耳の近くにその花を差してやる。思った通り、薄い色の花びらは彼女によく似合っていた。
「うん、綺麗だな」
 突然、乙哉の顔が見て取れるほど真っ赤に染まった。思い切り予想外の反応だった。
「えっ、ちょっ、何なんだその反応は?」
「……いや、えっと。あたしそういうの、言われ慣れてないから、ね?」
 普段は空気を吐くようにキザな台詞も言う彼女が、まさかそういう言葉に弱いとは。
 シリアルキラー唯一の弱点を見た気がして、しえなは思わず笑い出してしまった。



キスとスキ

 寮の廊下、稼働中の自動販売機の陰で。しえなは壁に押しつけられ、乙哉に唇を塞がれていた。
 触れてくる唇も舌も驚くほど熱く、時折触れる肌は風呂上がりのせいか軽く火照っている。頭の中まで熱に侵されていくようで、くらくらした。
「……ありゃ。ちょっと、しえな。大丈夫ー?」
 キスを終えると、しえなはその場にずるずるとへたり込んでしまう。乙哉が力の入らない体を支えてくれた。
「しえなったらさぁ。キスするたびにこうなってたら、後先大変じゃなーい?」
「う、うるさいな。乙哉と違って、ボクはあまりこういうの、慣れてないんだよ」
 体勢を直して、しえなは照れ隠しを言う。実際、慣れていないのは本当だった。
「ほーんと乙女なんだからなぁ、しえなは。まあ、そういうところが可愛いんだけどね」
「こ、こら! さりげなく可愛いとか言うな」
「えーっ。だってほんとのことだもん。可愛い可愛い、しえなちゃーん!」
 それからからかうように、何度も可愛いを連呼し始める乙哉。
 さすがに頭に来たしえなは、何か逆転の方法がないだろうかと考える。そして、にやりとした。
「乙哉」
「んー? ……わっ!」
 首に腕を絡めて、彼女を抱き寄せる。それから耳元に口を近づけて、演劇で鍛えた甘いヴォイスで囁いた。
「……乙哉、好きだ。愛してるよ」
 一瞬、時が止まる。乙哉の体温が上がったと思ったら、やはり耳まで赤くなっていた。
「ちょっ、待って……それはガチで反則だって」
「どうだ。言われる気持ちがよくわかっただろう?」
「……はい。すみませんでした」
 仕切り直しで、二人は肩を並べてお互いの部屋へと向かう。
 その間でしっかりと、二つの手は繋がれていた。
「ねえ、しえなぁ。お風呂も入ったし、この後部屋でセックスしない?」
「おいっ! 何でそういうことは恥ずかしげもなく言えるんだ!」
「自分から言う分にはオッケー、みたいな?」
「……お前の頭の回線は壊れてるな、乙哉」
「あはは。シリアルキラーにそれ言っちゃう?」
 仲良く談笑する声は、やがて一つの部屋の中へと消えていくのだった。



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