艦隊これくしょん


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見えずとも

ゆうさみ




 上がったばかりの朝日が、窓から差し込んでいた。そんな明るい廊下を、夕張はかんかんと杖の音を鳴らしながら早足で歩いていた。
 ――五月雨ちゃん……大丈夫かな……。
 頭の中は彼女のことで一杯だ。
 昨日の夜、出撃した五月雨が敵の砲弾を受けて大破したと聞いた。すぐにでも彼女に会いたかったが、すぐ入渠の必要があるということで断念せざるを得なかった。
 そして今朝、入渠が終わるタイミングを見計らって夕張は五月雨のいる医務室に急いで向かっていた。
「五月雨ちゃん!」
 ノックもせずに扉を開けて部屋に飛び込む。
「わっ! ちょっと夕張さん、びっくりするじゃないですか!」
 中にいた明石が驚いて振り返る。その前の簡素なベッドの上に、五月雨が座っていた。
 夕張は目を見張る。入渠した後だからか体には大破の後は少しも見られないが、彼女は両目にぐるりと包帯を巻いていた。
「夕張さん? 夕張さんですか?」
 五月雨が顔を向けてくる。が、夕張のいる場所を微妙に捉え損ねていた。
 目が、見えないの……? 鼓動が不穏に騒ぎ出す。
「五月雨ちゃん、その包帯……!」
「夕張さん、落ち着いてください」
 慌てて駆け寄る夕張を、明石が制した。
「大破の傷は入渠で癒えましたが、五月雨さんは目も損傷していたんです。目の器官はなかなか複雑な構造なので、少しずつ治療する必要があります」
「そ、それって治るの……?」
「はい、夕張さん。平気ですよ、治ります」
 不安げな夕張に、五月雨が答えた。彼女は口の端を持ち上げて微笑んでいる。
「まあ、そうですね。ちゃんと治療すれば回復します。もちろんその間は完全に視界が利かない状態ですので」
 明石がぽん、と夕張の肩に手を置く。
「しばらく彼女のこと、頼みますよ夕張さん」
 夕張は五月雨に目をやってから、深く頷いた。
「うん、もちろんよ」


「すみません夕張さん……こんなことになっちゃって」
 五月雨は先ほどから謝りっぱなしだった。
「気にしちゃだめだよ。だって一人だと、歩くのも大変だもんね」
 夕張は彼女を振り返ってにこやかに言う。五月雨の手を引いて誘導しながら、廊下を歩いているところだった。
「でも夕張さん……その……」
「ああ、足のこと?」
 言いにくそうな感じからすぐに察する。片足を悪くしている夕張は歩行に杖が欠かせないのだ。
「いいのいいの。もう慣れちゃってるから。五月雨ちゃんは私が作った大船に乗ったつもりでいて。しっかりサポートするから!」
 杖ごと拳を握りしめたが五月雨が見えていないことに気づき、「今ガッツポーズしました、私」と解説する。五月雨が小さく笑った。
「それで五月雨ちゃん、この後どうする? ずっと入渠してたし、部屋でゆっくり休む?」
 五月雨の秘書艦の仕事は完治するまでお休みで、それに伴って夕張も装備開発を控えることになっていた。やはり今は彼女の傍に寄り添っていたい。
「……あの、夕張さんが迷惑じゃなかったらなんですけど……」
「うん何? 何でも言っちゃって」
「……鎮守府の中を、案内してもらえませんか」
 予想外の要望だった。しかしすぐ納得する。彼女にとって目の全く見えない今の状況は、やはり不安なのだろう。だから慣れ親しんだ鎮守府の空気に、触れたいのだ。
「いや別に、何かあるってわけじゃないんですけど。……久々に探検とか、してみたいなぁって」
 彼女はそんな風に誤魔化して笑顔を繕う。しかしそこに不安の色が滲んでいるのがわかった。夕張に似て、嘘が下手なのだ。
「……おっけー、わかった。まずどこから行こうか」
 五月雨の手を引いて、夕張は歩を進める。


「あら、夕張さんに五月雨さん。何かご用ですか?」
 鳳翔が出迎えてくれる。最初に足を運んだのはキッチンだった。お昼ご飯の準備のためか、作業妖精たちが巨大な鍋をかき混ぜたり食材を切ったりしている。食欲を刺激するいい匂いが立ちこめていた。
「探険中なんです。童心に返ろうと思って」
「えへへ。まあ私が夕張さんに付き合ってもらっているだけなんですけど」
「そうなんですか。ふふ、楽しそうですね」
 微笑んだ鳳翔は五月雨の前に屈み込み、その手をきゅっと握りしめた。そして物静かなトーンで話しかけてくる。
「……五月雨さん。その目は、治るんですよね」
「えっ、はい。時間は、掛かるみたいですけど……」
「そう、よかった。じゃあそれまでの辛抱ですね。……でも不安になったら、遠慮なく周りの人を頼ってね。私も協力するわ」
 鳳翔が両手で彼女の小さな手を包み込む。五月雨は安堵したような声で、「はい」と返事をした。
「鳳翔さん、昼食の準備の手伝いに……あれ、どうしたんだ君たち」
 入り口が開いて日向が姿を現した。意外な人物だったので夕張は驚く。
「日向さん? どうしたんですか?」
「あ、いや。ここ最近鳳翔さんの手伝いに来ているんだ。食事の用意というのは、なかなか骨が折れることだろう?」
 何故か照れくさそうにそう言った日向は、鳳翔と同じく五月雨に労いの言葉を掛けてくれた。大げさに誉めるので五月雨の方が萎縮していたほどだ。
 思っていた以上に、みんな五月雨のことを気にしてくれているようで、夕張は自分のことのように嬉しくなっていた。


 次は屋内にある弓道場へと向かう。あまり広くはないがそれなりに設備は充実していて、空母の人たちが弓矢の特訓に使っているようだった。夕張も実はあまり入ったことがないので少し楽しみだった。
 中には既に人がいた。赤城と加賀だ。二人はまっすぐ的に向かって弓を構え、矢を乗せた弦を引き絞り、放つ。一連の動作だけでも整っていて美しく、思わず見惚れてしまうほどだった。もちろん二本の矢は的のほとんど真ん中を射抜いている。
「あれ、夕張さんと五月雨ちゃんじゃないですか。珍しいですね、こんなところに」
 五月雨にそのことを説明していると、赤城が弓を下ろしてこちらを向いた。額に汗が浮かんでいて、どれだけ集中していたのかが窺える。
「こんにちは、赤城さん加賀さん。ちょっと見学させていただこうと思いまして」
 と言っても見えないんですけど、と少し自虐気味に五月雨が自分の目を覆う包帯を指さした。
 すると、不意に加賀が近くにやってきて彼女の頭にぽんと手を置き、そのまま撫で始める。
 よくわからない状況に困惑していると、堪えきれなかったように赤城が吹き出した。
「えっと、あの……?」
「あはは。今あなたの頭をね、加賀が撫でているの」
 彼女なりの心配の伝え方なのよ、と赤城が言うと、加賀も微かに頬を緩ませた。
 そういえば彼女は声を出すことができないのだった。そんな彼女だからこそ、突然目の見えなくなった五月雨の気持ちをより近い立場で汲んでくれているのかもしれない。
「五月雨ちゃん。私もあなたを撫でてもいいかしら。早くその目が治りますようにって、おまじないをかけたいの」
「え、えっと……はい、よろしくお願いします」
 赤城と加賀二人に撫でられて、五月雨は照れつつも嬉しそうに笑っていた。


 訓練繋がりということで、野外にある戦闘訓練場にも行ってみることにする。
 そこは海の広いスペースを防波堤で四角いフィールド状に囲んだ場所で、実際の演習や戦闘に近い形の模擬戦を行えるのだ。
「おおっ、やってるみたいだねぇ」
 近づくにつれ腹に響くような砲撃の音が連続で聞こえてくる。かろうじて目視できた影から、戦っているのは二人で、タイマン勝負のようだ。
「どなたが戦ってるんですか?」
「うーん、天龍と……多分島風だと思う」
 五月雨に聞かれて夕張は曖昧に答える。何せあまりに攻防のスピードが速すぎるのだ。
 天龍はまだ目で追いきれるが、島風に至っては砲撃を行うために止まる一瞬のみしか姿を捉えられないほど素早く動き回っている。しかし両者はお互い一歩も譲らない、いい勝負をしていた。
 やがて模擬戦終了のブザーが鳴り響き、二人はぴたりと止まった。肩で息をしながらにらみ合っている。どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「あれ、五月雨と夕張じゃん。何、さっきから見てたの?」
「五月雨と夕張じゃねーか。お前ら見学か?」
 こちらに気づいた二人はほぼ同時に言い、またにらみ合う。
「真似しないでくれる?」
「おめーが真似したんだろうが」
 今度はお互いから顔を背けながらジャンプして海から上がってきた。模擬戦には着弾確認のため水溶性のペイント弾を使うのだが、天龍も島風も同じくらいカラフルな色に染まっていて思わず夕張は吹き出しそうになった。
「おう、五月雨も早く目ェ治して模擬戦やろうぜ。島風相手だと張り合いがなくてよぉ」
「おおぅ? 今、負け犬の遠吠えが聞こえたみたいだけど? 五月雨、激遅の天龍なんかほっといて模擬戦は私としようね」
「は、はい是非……! 目が治るまでは、ご迷惑を掛けちゃうかもしれないんですが……」
 五月雨が頭を下げて言う。すると天龍たちがすかさず口を開いた。
「迷惑なんて誰も思ってねぇから安心しろよ。仲間の肩を持つのは当たり前だろ? いつでも頼ってくれよな」
「五月雨は普段が遠慮しすぎだからね。困ったことがあったらすぐ呼んでいいよ。誰よりも早く私が駆けつけるからさ」
 すぐまた「真似するな」と凶暴な顔で向かい合う二人。普段ケンカばかりしているように見えていたが、ひょっとしたらいいコンビなのかもしれないな、と夕張は思った。


「あ、いたいた。もうどこ行ってたの二人とも」
 お昼も近くなってきたので食堂に戻るため廊下を歩いていると、声を掛けられた。由良と夕立が揃って後ろに立っていた。
「あれ、由良と夕立ちゃん。ごめん、もしかして探してた?」
「五月雨が入渠終わったって聞いたから、ちょっと探してたっぽい」
「すみません、ちょっと夕張さんに探険に付き合ってもらってたんです」
「探険?」
 不思議そうな由良たちに、夕張は探険のことを説明した。二人は同じタイミングでうんうん、と頷く。
「五月雨ちゃん、夕張のことだったらいくらでもこき使ってもらっていいからね? どうせこいつ、やる気まんまんだから」
「あのねぇ由良……まあ、そうだけどさ」
「……でもね。誰が一番あなたのことを心配していて、頼ってほしいと思っているかは、しっかり覚えていてあげてほしいの」
 由良の言葉に夕張ははっとなる。五月雨は神妙に頷いていた。
「……はい。わかってます」
「もちろん、私たちのことも忘れちゃだめだよ五月雨」
 夕立もにっこりと微笑みながら言う。五月雨もそれを察したようで笑い返した。「はい、もちろんです」
「じゃあご飯食べに行こっか。五月雨ちゃん、私も手、繋いでいい?」
「私も繋ぐっぽいー!」
 五月雨を挟んで四人は肩を並べた少し変な格好で、食堂へと向かうのだった。


 ぽちゃん、とシャワーの先から滴った水が弾ける音がバスルーム内に響く。
「湯加減どう、五月雨ちゃん。熱くない?」
「丁度よくて気持ちいいですよ、夕張さん」
 夕張と五月雨は向かい合わせで湯船に浸かっていた。少し手狭だが、そこまで窮屈感はなく二人で入るにはぴったりだった。
 あの後も探険を続けていたら暗くなってきたので、いつもより早めにお風呂に入ってゆっくりしようと夕張が提案したのだ。大浴場は午後九時頃にならないと開かないので、自室のバスルームになってしまったが。
「今日は楽しかった?」
「はい! 皆さんにとっても優しくしていただいて……改めてここが私の家なんだなって、感じました」
 そう言って五月雨は顔を綻ばせたが、「でも」とすぐ笑みを引っ込めてしまう。
「……やっぱりまだ、慣れないですね」
 彼女の浮かない表情から、夕張はすぐその言葉の意味を察する。夕張からはこうして当たり前のように目の前の五月雨の姿が見えているが、彼女の世界は未だ真っ暗なままなのだ。
「すみません、こんなこと言っちゃって。また夕張さんを困らせちゃう」
 彼女は両手でお湯を掬いとる。目を覆っていた包帯は今取り払われていた。見慣れているはずの綺麗な双眸には、光が宿っていない。眼球自体は入渠で再生していたが、その機能が戻るにはまだ時間が掛かるのだ。
「気にしなくていいよ。むしろもっとそういうこと、私に伝えてほしいな」
 夕張は穏やかに言う。ほんのちょっとでもいい。彼女の辛さを取り除いてあげたかった。
「……怖いんです。もしずっとこの目が見えなかったら、夕張さんの姿を、思い出せなくなるかもしれないから」
 ゆっくりと彼女はその場で立ち上がる。温水の中から少しずつ現れる彼女の素肌はほのかに赤く色づいて、驚くほどに艶めかしかった。
「……抱きしめて、もらえますか。夕張さん……」
 上擦った声が自分を呼ぶ。夕張は立ち上がり、そっと自分の体で彼女を包み込んだ。
 湿った肌がぴったりと吸いつくように重なる。温かい。僅かに鼓動が揺らいでしまったのを、夕張は認める。
「ああっ……夕張さん……」
 五月雨の熱い吐息が掛かる。
「夕張さんでいっぱいに、してください……」
 切実な言葉に、夕張は小さく頷いた。


 二人は下着も纏わぬまま部屋に戻り、敷いてあった布団の上でキスをした。舌と舌が唇の間で重なり、濃厚に絡み合う。離れると名残惜しそうに銀色の糸が二人を繋いだ。
「五月雨ちゃん、体横にするね……」
 背中を手で支えて、夕張は五月雨を布団の上に横たえさせた。
 改めて彼女に目を通す。膨らみは控えめだが、柔らかそうな女の子らしい体つき。目の当たりにするたびに、夕張はじっと見入ってしまう。
「夕張さん、また見てます、よね……?」
 さすがに視線を感じたのか五月雨が小さく言ってくる。夕張は照れ笑いを浮かべた。
「ごめんごめん。だって五月雨ちゃん、ほんとに可愛いんだもの」
「もう、そんな……」
「じゃあ、五月雨ちゃん。……触るよ?」
 そっとお腹に手を滑らせる。びくっと微かに五月雨が震えた。更に軽くくびれた横腹、そしてその上へと形をなぞるように触れていく。
「どう、わかる? 五月雨ちゃん」
「は、はい……夕張さんの手っ……ひんやりして、気持ちいい、です……」
 視界が利かない分触覚の感度が上がっているのか、いつもより彼女の反応は大きい。夕張もどくどくと自身の鼓動が騒がしくなっていくのを感じていた。
「ねえ五月雨ちゃん。私は今どこに触ってる?」
「あ、足、ですか……?」
「ここは?」
「ううんっ……太もも、です……」
「じゃあここ」
「ひゃっ! 首筋……っ」
 彼女のあらゆるところに両手を走らせる。次第に彼女が徐々に熱を帯びていくのがわかった。
「……次は、ここだよ」
「あうっ! 夕張さっ……!」
 予兆もなしに、胸の先の蕾を口に含んだ。既に芽吹いていて甘噛みするとこりこりとした感触が返ってくる。もう一方の胸も手でやんわりと揉みしだした。
「はぁっ、んんっ……夕張さんが、近くにいるの……感じます……っ」
「うん。もっと感じて。私はここにいるから」
 瞳を閉じた五月雨は荒く息を吐いていた。肌がじっとりと汗ばんでいる。そろそろかな、と夕張は彼女の足の間に手を伸ばそうとする。
「あの、夕張さん……」
「ん、どうしたの?」
「私が夕張さんに触れても、いいですか?」
 意外な申し出だった。やや戸惑いつつも夕張は承諾する。
「失礼します……」
 五月雨の手が上がってきたので、夕張は自分の体に導いてやった。お腹の辺りに手のひらがくっつく。
「わあっ。すべすべ、です……」
 しばらくその周辺を撫でた後、ぎこちなく上昇してくる。そのまま胸の周りをなぞられ握りこんだ指で包まれた。あまり触られ慣れていない夕張には、こそばゆさが強く感じられる。
「うわぁ、柔らかい……。やっぱり夕張さんの胸、大きいですね……」
「五月雨ちゃん、恥ずかしいからあまり口に出さないで……」
「ごめんなさい……でも、何だか嬉しくて……」
 あの、と五月雨が遠慮がちに言ってくる。
「夕張さんの……あの場所も、いいですか……?」
 彼女は耳まで真っ赤だった。おそらく夕張も同じ顔をしているはずだった。
 夕張はぎくしゃくと彼女の手を取り、足の間へと入り込ませる。
「……すごい」
 感嘆の吐息。すっかり濡れそぼってしまっているのは自分でもよくわかっていた。
「あっ……!」
 不意に指先がソコを滑り、びりびりと電気のようなものが走った。
「んっ、あっ、五月雨ちゃん……そんな触っちゃ……っ」
「こんなに……私のせいですか、これ……」
 五月雨が無意識のうちに刺激してくるから、夕張も我慢が出来なくなってきてしまった。そっと指先を、彼女の同じ部分にあてがう。
「んあっ! 夕張さ……?」
「指……入れていい? 五月雨ちゃん……」
「……はい。私も、夕張さんを感じさせてください」
 彼女が言わんとすることはわかっていた。
 まずは夕張が、中指を五月雨の中に忍ばせていく。それを合図としたように、彼女も夕張の中へ入ってきた。
「五月雨ちゃん……っ」
「熱っ……夕張さん……火傷しそう……!」
 お腹の奥が鼓動と同調するように疼く。頭の芯が弾けてしまいそうだ。
「夕張さん……そこにいますか。……暗いんです。ずっと暗くて、怖いんです夕張さん……っ」
 五月雨の瞳から大粒の雫がこぼれ落ちる。夕張は舌の先でそれを拭ってやった。
「大丈夫だよ、五月雨ちゃん……私は、ずっと五月雨ちゃんと一緒だよ」
 お互いの存在を、確かに自分の中に感じる。夕張が左手で五月雨を抱くと、彼女も同じ手で返してくれた。
「……私、今幸せです……夕張さん……」
 体温も呼吸も心も一つに交わった世界で。震える彼女の呟きが、ただ暗闇の中に響いていた。


 朝日に照らされた医務室前の廊下を、夕張は落ち着きなく行ったり来たりしていた。
 五月雨の目が治る予定日だった。医務室の中に彼女を送り届けてから、夕張はこの調子である。駆けつけてくれた由良と夕立に宥められても、気が休まらなかった。
 万が一、という可能性が頭を掠めていた。万が一、五月雨の目がもう見えないままだったら。
 ――例えそうだとしても、私は五月雨ちゃんの側を離れない。絶対に。
 夕張の心は決まっていた。
「いいですよ、入っても」
 やがて中から明石の声がした。三人はなだれ込むように医務室に入る。
 夕張は立ち止まる。前と同じベッドの上に、五月雨が座っていた。俯いて、どこかぼんやりしているように見える。まさか、と思った。
「……五月雨ちゃん?」
 名前を呼ぶと、彼女はしっかりと夕張の方を向いて、花が咲くように笑った。



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