艦隊これくしょん


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生きる

ゆうさみ




 空一面が紅色に染まっている。雲までも呑み込んだその色は目に焼き付いてしまうほどに濃く、眺めているとどこか落ち着かない気分になった。
 五月雨は、先ほどからずっと波止場の先に佇んでいた。目線はまっすぐに海の向こうだけを見据えている。
 朝方に出撃した提督からついさっき知らせを受けてから、秘書艦の仕事を急いで片づけてここに来た。いても立ってもいられなかったのだ。
 彼女が、大破したという。
 ――夕張さん……。
 胸の内で彼女の名前を呼び、五月雨は唇を噛みしめる。どれほどの損傷を受けたのだろう。酷いのだろうか。じっとしているだけで不安は募っていく。
 やがて夕日がほとんど沈んだ頃になって、大きな船がこちらに向かってくるのが見えた。帰ってきたのだ。
 鼓動が騒ぎ始める。五月雨ははやる気持ちを抑えられずに、海面に躍り出て一目散に船に向かった。船員に縄はしごを下ろしもらい、急ぎ船に飛び乗る。
 夕張さんは……? 彼女の姿を求めて甲板に向かった。
 彼女は、そこにいた。近づいてくる鎮守府を凝視していた瞳は五月雨を振り返り、大きく見開かれる。
「……五月雨ちゃん」
 体の至る所に包帯が巻かれていた。ボロボロになった衣服には乾いた血が染みついている。痛々しい姿に、もう我慢できなくなった。
「夕張さんっ!」
 駆け寄る。そしてそのまま抱きついた。怪我をしているのにも関わらず夕張はそんな五月雨を優しく受け止めてくれる。
 お体は大丈夫なんですか。一体何にやられたんですか。また無茶をしたんですか。
 言いたいことは山ほどあったが、彼女の体温に包まれた瞬間全て忘れた。流れ出しそうになる涙を堪え、彼女を見上げ、言う。
「……おかえりなさい」
 すると夕張は何ら変わりなく、いつものように笑った。
「うん。ただいま、五月雨ちゃん」


 窓の外の夜は、もう大分更けてきているようだ。せわしなく部屋の中をうろうろしながら、五月雨は待っていた。
 夕張さんの入渠は、もう終わったのかな。
 彼女がドック入りしてから大分経っていた。だから何事にも手がつかず、先ほどからずっとこうやっているのだ。
 五月雨と夕張は、艦娘用の寮でも同室だった。二人の仲を知る提督が計らってくれたらしい。だから待っていればそのうち彼女はここに来るだろう。
 だが随分と遅い。もう待っているのも限界だった。
 迎えに行こう。そう決めて、部屋の扉に手をかけようとした。その瞬間、向こう側から扉が開いた。
 夕張が、そこに立っていた。
「夕張さん!」
「五月雨ちゃん」
 思わず呆然としていると、彼女は力が抜けたように微笑み、五月雨の頭を撫でた。
「ごめん、待たせちゃったね。入渠が終わった後もデータ処理とかあって、すっかり遅くなっちゃった」
「いえ、いいんです……」
 そこで我に返った。部屋の中に戻り、五月雨は布団を用意し始める。
「すみません、寝床の準備もせずに。疲れているでしょう? もう寝ますか?」
「ううん、まだいい」
 後ろから扉の閉まる音がして、杖をついた足音が近づいてくる。
「……五月雨ちゃん」
 すぐ傍で呼ばれた。振り返ると同時に、抱きしめられていた。きつく強く、それでも優しく包み込むような抱擁だった。
「夕張、さん……?」
「出撃してからずっと、五月雨ちゃんのことばかり考えてたの」
 ああ、温かいなぁ、と耳元で声がする。それを聞いて、何だか先ほどまで滞っていた不安もどこかへ行ってしまったような気がした。
 やがて五月雨は敷いたばかりの布団に押し倒されていた。杖を放り投げ、覆い被さった夕張がゆっくりと下りてくる。目を閉じ、ただその瞬間を待った。
 柔らかいものが、唇に触れる。最初は味わうようにお互いに食み合い、それだけで足りなくなって突き出した舌を重ねた。唾液が、吐息が、温度が。混ざり合ってどちらのものかさえわからなくなる。高鳴ってきた鼓動に、目が眩んだ。
「五月雨ちゃん、大丈夫……?」
 そう言った彼女の指が、五月雨の服のタイを解く。こちらを見下ろす瞳が煌々と揺らめいていた。そんな風に見られては、断ることなんてできない。いや、今更そのつもりもなかった。
「……はい」
 頷いて、五月雨もまた夕張のリボンタイを解いてやった。合意の合図。彼女も頷く。
 顔を下げた夕張は、五月雨の耳をくわえ込んだ。耳朶を甘噛みし、耳の中にすぼめた舌を差し込んでくる。たちまち、聴覚が彼女の濡れた音で満たされた。
「ん……」
 更に服のボタンを外され現れた細い首筋を、夕張の舌がねっとりと這っていった。ぞくぞくと背中が震えてしまう。
「……自分で、脱げるかしら?」
 少し上擦った声で彼女が尋ねてくる。五月雨はこくんと頷いた。それから言ってみる。
「あの、夕張さんも……脱いでくれませんか」
 彼女の頬に少し赤みが差したようだった。必要以上に頷き返して、彼女は五月雨の体を起こし、自身の服にも手をかけた。
 セーラー服も、スカートも下着も。全て取り外して一糸纏わぬ姿になる。視線を感じて顔を上げると、同じく服を脱いだ夕張がじっとこちらを見ていた。
「……五月雨ちゃんは、やっぱり、綺麗だね……」
 熱に浮かされたような声色。五月雨は思わず自分の体を隠してしまう。
「そ、そんな私なんて……ゆ、夕張さんの方が、その、お綺麗です……」
 引き締まったしなやかな腰、磨かれた絹のような肌、形の整った乳房……。口に出してしまうとそれらのものを意識してしまって、また顔が熱くなった。
「ふふ、ありがとう」
 くすくすと笑った彼女の手が肩に掛かる。引き寄せられて、また唇を奪われた。軽く舌を絡ませただけで彼女は離れ、そっと五月雨の体に触れてきた。
「五月雨ちゃんの、薄紅に色づいていて……まるで果実みたいね」
 つんと軽く尖った胸の先に眼差しを注がれて、五月雨は身をよじる。触られてもいないのにぴりぴりとした。
「……いただきます」
 身を屈めた彼女は色づいた部分を口に含んでしまった。
「んんっ……!」
 五月雨は声を呑み込んだ。更に舌先で輪郭をなぞられて、じわりと湿ったものが体の内から込み上げてきた。こそばゆさとは違う、少し熱くて粘ついた感覚。
「……大丈夫? 痛くない?」
「は、はい……」
「そっか。じゃあ、ちょっと強めるね……」
 口を窄めた夕張が、音を立てて胸の赤みを啜った。
「んあっ……夕張、さぁん……っ!」
 強めの刺激にぴくりぴくりと体が震える。胸の先から口を離した夕張は、腹、へそ、腰にキスしながら少しずつ下っていった。
「五月雨ちゃん……」
 軽く体を押されて、布団の上に横たえられた。夕張は五月雨の足下に移動し、立てた膝をぎこちなく開いていった。
 足と足の間を見る彼女が、軽く唾を呑み込む気配がある。きっともうびしょびしょなのだろう。太股まで冷たさを感じるのだ。顔から火が出そうで、五月雨は目を開けていられなかった。
「夕張さ……やだぁ……」
「ご、ごめん、恥ずかしいよね……」
 彼女がぐっと体を足に間に差し込んだ。内股に手をかけられる。そしてソコに、乱れた熱い吐息を感じて、五月雨は体の芯から震えた。
「……舐めていい?」
 くぐもった声。五月雨は少し迷った振りをして小さく顎を引いた。本当は早く、彼女に愛されたくてたまらなかった。
 指がかかってソコを開かれたかと思うと、潤んだ襞を不意に彼女の舌が舐った。
「あっ……!」
 見開いた目から涙がこぼれる。一瞬だけ、呼吸が止まった。自分でも思っていた以上に、体が敏感になっていたようだ。
 探るように唇の先が表面をなぞり、そこに溜まっている雫を舌先で拭っていく。その度に五月雨は布団を握りしめる手に力を込めた。そうしないと、膨れ上がった感情が自分ごと破裂してしまいそうだったのだ。
「すごいね……どんどん、溢れてくる……」
 すくい上げた五月雨の雫を飲み下して、夕張が言う。五月雨も、足の間からとくとくと何かがこぼれていくのを感じていた。
 きっとそれは、彼女への想いだ、と気づく。彼女に触れられて抑えきれずに、流れ落ちてしまう自分の心。
 どうしてだろう。急に心細くなってしまった。
「夕張さん……来て……」
 腕を広げて、彼女を求めた。
「寂しいよぉ……」
 夕張はきゅっと表情を引き締めて、五月雨に折り重なってきた。
「五月雨、ちゃん……」
 片腕で五月雨の縮こまった体を抱きしめる。空いている方の指が、優しく足の間にあてがわれた。
 少し迷っている夕張に、五月雨は目で懇願した。それに気づいた夕張は瞬きをした後、ゆっくりと指先を中へと埋めてきた。
「うあっ……夕張、さぁん……っ!」
 自分の中に、彼女を感じる。損なわれていた空白が、彼女で満たされた。
「夕張さん……夕張さんっ……!」
 彼女の体にしがみついて、何度も名前を呼ぶ。涙が、止めどなく流れていた。
 おかしい。嬉しくて嬉しくてしょうがないはずなのに、同時に悲しい。切ない。苦しい。
「……死なないで」
 そんな言葉を漏らしていた。黄昏の中、傷だらけで立っている彼女の姿が浮かび上がる。あまりにも脆くて、いつの間にか、消えてなくなってしまいそうな。
「死んじゃ、やだよぉ……夕張さんっ……」
 乱れたまま喚き散らす。
 きっとこれは、いつも自分が抱え込んでいた闇なのだ。彼女が出撃する度に叫び出しそうになって、抑え込んでいた痛み。それが今、ほかでもない彼女によって、引き出されてしまった。
 五月雨を抱きしめる夕張の腕に、力が込められた。そして中にある指が存在を誇示するように蠢き出す。唇と唇が触れ合って、境目がなくなるほど深く、深く溶けだしていく。
 全身で彼女の存在を確かに感じながら、五月雨は声にならない叫び声を上げて、果てた。


 頭がぼんやりとしていた。
 ちょっとだけ微睡んだ意識の中で、ただ夕張の手が柔らかく頭を撫でてくれているのを感じる。心地よくて、五月雨は布団の中で彼女に体を寄せた。快く彼女は腕の中に招いてくれる。途端に温かい素肌が触れ、意識が僅かに覚醒した。
「あの、夕張さん……」
「ん、なぁに?」
「さ、さっき私が言ったことなんですけど……わ、忘れてください」
 改めて思い返すと、とんでもないことを口走っていたように思える。さっそく五月雨は後悔していた。
 夕張の手が止まり、それからまた五月雨の髪を梳き始める。
「んー、やだ」
「ええっ、そんなぁ」
「だってさっきの五月雨ちゃん、すごく可愛かったしね」
 からからと笑ってから彼女は、ねえ、五月雨ちゃん、と呼びかけてくる。緩んだ表情が真剣になっていた。
「――生きるよ」
 彼女はそう言った。
「えっ」
「私は、ちゃんと生きるから。だから五月雨ちゃんもさ」
 ぐっと抱き寄せられる。彼女の胸の中へ。
「私の傍で、生きていてね」
 耳元で囁かれた言葉にはたっぷりの慈愛が、とめどなく満ち溢れていて。心が、揺らめいた。
 五月雨も彼女に腕を回した。見た目よりずっと華奢な感触が今は、ひたすらに愛おしい。守りたいと思った。
 この人を守り、守られながら一生、生きていたいと思った。
「はい、生きます。夕張さんと一緒に」
 そう言うと、彼女は心から安心したように微笑むものだから。
 嬉しくて五月雨もまた、笑ってしまった。



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