艦隊これくしょん


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プレゼント

ゆらだち




(あっ……)
 ノックもせずに扉を開けた夕立は、そのままぽかんと口を開けて固まってしまう。
 執務室の中には、ソファに座って何かの本を読んでいる由良がいた。そのすぐ後ろにある窓から差し込んだ夕暮れが、彼女を鮮やかに照らしつけている。
 影がかかった大人びた横顔と、伏せられた長い睫毛。本の活字をゆっくりと辿っていく知性の光を帯びた眼差し。そんな彼女の全てに、夕立は見惚れてしまっていた。
(由良、すごく綺麗……っぽい)
 声を掛けようか迷う。それよりも、もっとこのまま彼女のことを眺めていたいような気もしていた。
 だが彼女はドアノブに手をかけたまま突っ立っている夕立に気づいて顔を上げてしまう。
「あら、夕立。ひょっとして、迎えに来てくれたの?」
 そう言われて、ようやく夕立は自分の本来の目的を思い出した。こくこくと何度も頷く。
「う、うん、そう! 由良のお仕事が終わった頃かと思って、迎えに来たっぽい」
 由良は提督の秘書艦を務めていて、出撃や遠征などがないときは執務室にて書類整理等の仕事を任されていた。提督不在の今日も、彼女は自分の務めを果たしていたようだ。
 そんな彼女の仕事が終わる時間を見計らって、夕立はいつも彼女の元を訪れるのだった。
「ふふ、そっか。ありがと」
 由良は目を細めて、ふと夕立に手招きした。
「夕立、ちょっとこっちに来て座って?」
「えっ、う、うん……」
 誘われるまま、彼女の隣に腰を下ろす。するとすぐに横からぎゅっと抱き締められた。
「わっ、由良……? どうかしたっぽい?」
「びっくりさせちゃったかな。ごめん、今日はこうしたい気分だったの」
 彼女の手が、優しく夕立の頭を撫でる。指先で長い髪を梳かされる。心地よい体温と、その優しい手つきに心が安らいで、夕立はうっとりと目を閉じた。
 時々由良は、こんな風になることがある。突然夕立と手を繋ぎたがったり、前触れもなくくっついてきたり。決まって秘書艦の仕事終わりか、夕立が出撃や遠征などから帰ってきたあとだった。つまり、夕立と長い時間会えなかった時だ。
 甘えられている、と気づいたのはつい最近のことだった。
(普段はお姉さんっぽいのに……)
 夕立だけじゃなく、他の駆逐艦の世話を焼いていることもある。いい活躍をしたときは目一杯誉めてくれるし、悪いことをしたら控えめにたしなめられることもあった。駆逐艦のみんなは、彼女に敬愛を込めて接している。夕立は、少し前までは同じだった。
 そっと手を伸ばして、彼女の頭を夕立も撫でてみる。さらさらとした髪をゆっくりとなぞり、ついでにその小振りな耳にも触った。耳朶をつまみ、耳たぶを軽くもみ込んでみると、彼女が小さな笑い声をあげる。
「ふふ、夕立ったら。くすぐったい」
 どこか猫が喉を鳴らすのによく似た声。それを聞くと、胸の奥がぎゅっとなるような、ちょっとだけ苦しい気持ちになる。もっと彼女の耳をくすぐった。
「もう、こら。やめないと、仕返ししちゃうからね」
 そう言って彼女は腕を緩め、さっと夕立に唇を重ねてきた。
 夕立の小さな唇をそっと挟み込むそれはとても柔らかく、じんわりと温かい。きっと彼女も、同じものを感じて受け取ってくれているはずだ。
(何か、ふわふわする)
 こんな時夕立は、まるでプレゼントの交換をしているように思う。由良のものをもらって、自分のものを彼女に返して。キスだけじゃなくて、彼女と行う全てのことがそうだ。
「……ちょっと、苦しくなってきたわね」
 唇を離した彼女は、心の底から嬉しそうに、そして少し気恥ずかしそうにこっそりと笑う。また胸が締め付けられる。でもそれも彼女への気持ちだと思うと、心地よかった。
(……愛しい)
 そんな言葉が浮かぶ。こんなに心を揺さぶるような激しい感情を抱くのは、初めてだった。
 そしてこれはきっと、彼女のためだけのものなのだろう。彼女に渡すために作り出した、お手製のプレゼント。
 彼女もきっと、夕立へのプレゼントを用意してくれている。
「由良、大好き」
 お返しに期待して夕立は、彼女に自分の気持ちを差し出してみるのだった。



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