艦隊これくしょん


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こわいよ

川内那珂




 ――怖い。怖い怖い怖い、怖い。
 震える腕を支えながら、那珂は前方に砲撃を放った。一直線に発射された砲弾は敵艦に命中。海面を揺らすほどの咆哮を上げて、敵艦は崩れ落ちるように沈んでいく。
 那珂はへたりこみそうになるのを必死で堪えて立っていた。濃い黒煙が周りに立ちこめている。むせ返るような火薬の匂いに吐き気がした。
 最初は大勢にいるように思えた敵艦も数が減り、撤退し始めているようだ。黒煙の隙間から海の向こうへと下がっていく敵艦たちの姿を見て、那珂はどっと疲労感が体にのしかかってくるのを感じた。
「那珂! そっちは大丈夫?」
 呼びかけられて振り向く。少し離れた場所に神通と、それから艦隊の仲間たちが立ってこちらを見ていた。あちら側も片づいたようだ。
 少し無理をして、那珂は笑顔を作った。
「うん、全然へっちゃら! 今そっちに行くからね!」
 神通たちの元に歩きだそうとした時だった。
 突然強風が巻き起こり、黒煙が吹き飛んだ。凄まじい威圧感を、肌が感じ取る。
 ゆっくりと横に顔を向ける。能面のような表情をした敵艦がこちらを見つめていた。左右に構えられた砲口は全て、那珂を捉えている。血に餓えた獣たちが口を開いて獲物を待っているかのようだった。
「那珂ッ!」
 神通が叫ぶ。しかし那珂は身じろぎすらできずに固まっていた。
「……あっ」
 足の先から、体が冷たくなっていくような感覚。全身が粟立ち、目の前が真っ白になった。
 ――死ぬ。死んじゃうの? こんなところで? やだやめて死にたくない帰りたい何でどうして私何も悪いことなんてしてないのに。
「那珂ァッ!!」
 名前を叫ぶ声。不意に那珂の目の前に誰かが躍り出てきた。低い体勢で主砲と副砲を構えているのは、川内だった。
 乾いた爆発音が何度も響き渡る。敵艦が撃ってきたのだ。
 すかさず川内が、砲弾を連続で放った。敵の砲撃に的確に当てて相殺していく。しかし一発の砲弾を捉え損ねた。
「ちぃッ!」
 彼女は片腕を前に突き出す。すると彼女の身の丈ほどある円状の透明な障壁が出現した。向かってきた砲弾の鼻先がそれにぶつかった瞬間、目映い爆発が巻き起こる。那珂は思わず目をつぶった。
「……川内ちゃん!」
 鋭い耳鳴りがうるさくて何も聞こえない。目を開けると、薄い煙幕の中に片膝をついている川内の姿が見えた。押さえている右腕が、ずたずたに引き裂かれ黒く焼け爛れてしまっている。那珂は慌てて駆け寄った。
「ひどい……。川内ちゃん、どうして……」
 困惑する那珂に、川内は脂汗を浮かべながらも微笑みかけてきた。
「那珂、怪我しなかった? 大丈夫?」
 彼女は焼け焦げた腕を放して、もう片方の手で那珂の頭を撫でてきた。目の前の彼女の顔が滲んだ。瞳から溢れ出た雫が一粒、頬を伝う。
 砲撃の音が立て続けに続いている。他の仲間たちが、攻撃を仕掛けてきた敵艦を撃退してくれているようだ。しかし那珂は、川内から目を離せずにいた。
「川内ちゃんの方が、ひどい怪我してるよ……」
 震える声でようやくそれだけ言って、屈みこんだ那珂は彼女の体を抱きしめるのだった。

  *

 ――眠れない。
 じっと暗くなった天井を見つめている。寝返りを何度も繰り返すのにも飽きてきた。
 那珂は畳の上に敷かれた布団にくるまって目を開いている。微かに聞こえる寝息はおそらく神通のものだ。川内も、もうとっくに眠ってしまったのだろうか。艦娘専用の寮では基本的に姉妹艦ごとに部屋をあてがわれるので、那珂は二人と同じ部屋なのだ。
 明日も午後から演習がある。早く眠らなくてはと思うのだが、眠気は一向に訪れない。疲れているのに、妙に目が冴えてしまっていた。
 時々聞こえる寝息と布団の擦れる音以外は、部屋の中はしんと静まり返っていて落ち着かない。だが眠れない原因はそれだけではなかった。日中に行われた、敵艦との戦闘だ。
 目を閉じるとどうしても、敵が向けてきた砲口が一斉にこちらを睨んでいたあの光景を思い出してしまう。あの瞬間に体の中に湧いた冷たさは、簡単に忘れられるものではなかった。
 ――川内ちゃんがいなかったら、きっと危なかった……。
 身震いがした。ますます眠る気が失せていく。
「那珂」
 真横から呼びかけられて危うく声を上げそうになった。布団のそばにしゃがみこんで、川内がこちらをのぞき込んでいた。
「わっ、せ、川内ちゃん? びっくりした……」
「眠れないの?」
 声を潜めて尋ねてくる。じっと窺うような眼差しを向けられて、戸惑いながらも那珂は頷いた。
「……入ってもいい?」
 間を開けず那珂の布団を指さしながら、川内が言った。その言葉の意図は、わかっていた。
こういうことは初めてではないのだ。
「……うん」
 那珂が小さく返事して掛け布団を持ち上げると、すっと川内が潜り込んできた。間近な距離で、二人の視線は交わる。彼女の瞳は薄暗い部屋の中でも鈍い光を帯びている。じっと見入ってしまっていた。
「昼間のこと、考えてたでしょ」
 彼女の手が、頬にそっと触れた。仄かにひんやりとした感触が、もやもやしていた心をちょっとだけ晴らしてくれる。
「……ただ目が冴えて、眠れなかっただけだよ」
「はいはい。那珂はそうやって、すぐ強がるんだから」
 ――強がってなんかいないよ。そう返そうとしたが、那珂は結局口を噤む。
「手、大丈夫?」
 枕元に置かれていた、川内の右手を掴んで引き寄せる。那珂をかばって負った傷は、全て綺麗に消え失せていた。元通りの、彼女の手だ。
「うん。完璧に治してもらったから、もう平気。那珂が無事で、ほんとによかったよ」
 指を何度かを動かして、彼女はおどけた笑みを浮かべてみせる。
 瞬時、那珂は自分をかばって敵の砲弾を受けた川内の姿を思い返した。きっと気を失うほど、あの時は痛かったはずだ。それでも彼女は笑ってみせた。そして口にした言葉は、那珂が無事かどうかだった。
 ――強がりなのは、川内ちゃんの方だよ。
 思う。気づけば那珂は、掴んでいた川内の手を口元に運んでいた。
「那珂? ……あっ……」
 人差し指を、口に含む。彼女の目が見開かれた。那珂は第二間接まで指を招き、その腹にゆっくりと舌を這わせていった。
「んっ……ちょ、ちょっと……」
 微かに漏れる彼女の吐息に後押しされて、次々とそれぞれの指を口に入れていった。
「もう……こんなにしちゃって」
 小指まで終わったところで、彼女が那珂目前に指を差し向けてくる。それは唾液にまみれ、窓から入る月明かりを受けてうっすらと光っている。自分が汚した。そう思うとぞくりと背筋が震えを帯びた。
「川内ちゃんも……いいよ?」
 そう上擦った声で言って、那珂は着ていた寝間着のボタンを、上から一つ、二つと外していった。
「……神通が寝てるから。声、抑えてね」
 寝間着の襟を開いてから彼女はいきなり那珂の首筋に噛みついてきた。歯で何度か甘噛みした後、うっすらとついた歯型をなぞるように舌を這わせる。唇を噛みしめ、溢れそうな吐息を堪えた。彼女は少しずつ下っていき、更に那珂の寝間着の前を大きく割った。
 下着をつけていない小振りな胸が露わになる。色素の薄い先端の突起は、きゅっと上向きにそそり立っている。川内の視線に晒されて、ますます固く絞られていくのを那珂は感じた。
「可愛い」
 それだけ口にして、彼女はまず突起の周りの範囲の狭い乳暈を舌でなぞり始める。じらしているのだろう、時々舌の側面が突起を掠めていく。そのまま直接触れないまま、もう一つの胸の方へと移ってしまった。今度は乳暈の周りからゆっくり円を狭めるように舐められる。
「せ、川内ちゃん……」
「何?」
 こちらを見上げる彼女の口元は綻んでいる。やはりわかっていたのだ。
「……いじわる」
「ごめん」
 小さく笑ってから、彼女は右側の小振りな乳首に舌を巻き付けてきた。
「んっ……」
 舌で弄ばれた後、唇に挟まれて強く吸い付かれる。突然の強い刺激に体がびくんと浮き上がった。
「気持ちいい?」
 口を離した後も、指先でくりくりと突起をこねくり回す川内。先ほどから彼女はずっと那珂の顔を見上げていたのは気づいていた。いつもそうなのだ。
「うん……気持ちいいよ。……だから」
 ――川内ちゃんも。
 那珂の指は川内の寝間着のパジャマをはだけさせる。そしてやはり下着をつけてない素肌のままの膨らみを、手のひらに包み込んだ。
「那珂……」
「ふふ、柔らかいね」
 少し大きいが、彼女のは自分のそれとよく似た形をしている。何となく嬉しくなって、那珂は指先でつんと上向きの突起を摘み上げた。
「んっ、くっ……」
「川内ちゃんも可愛いよ。もっと声、聞かせて……?」
 先ほどされたのと同じように、彼女の小粒の肉芽を口で愛撫してやる。舌を使って転がし舐り、唇で吸い上げた。
「はぁ、んっ……那珂ぁ……」
 こぼれ落ちる彼女の切なげな喘ぎ。うっすらと桜色に染まった肌から香る、肉の生々しい匂いが那珂の気分を高ぶらせていく。
「ふあっ……!?」
 いつの間にか下がってきた川内の手が那珂のズボンとショーツの中に割り入ってきた。うっすらと茂る繊毛の更に下へと滑り降りて、淫裂に細い指が擦れた。
「あんっ、川内ちゃ……そこは……っ!」
 強い痺れが走り、彼女の体に頭を凭れる。しかし彼女は更に指を動かして花びらを押し広げ、粘膜をかき回す。ぐちゅっ、ぬちゃり、と淫らな水音が布団から籠もって聞こえている。既に自分でも想像がつかないほど、潤ってしまっているのだろう。
「……嫌?」
「そ……じゃなくて、声、がぁ……っ」
 過敏なところをいじられて、我慢できるはずもなかった。部屋の中では何も知らない神通が眠っているのだ。このままでは気づかれてしまう。
「……ごめん、那珂。我慢して」
「ふぇ……? んんっ……!」
 彼女が顔を下ろしてきたと思ったら、唇を塞がれていた。荒々しく柔らかく湿ったものを押しつけられる。
「んん、むっ……!」
 彼女のすぼまった舌がねじ込まれた。同時に、あてがわれた二本の指が秘口を一気に刺し貫く。
「ひっ……! んんっ、んぐっ……」
 口の中で上がった嬌声は、彼女の舌に絡め取られる。流し込まれる彼女の唾液は甘く、味覚まで蕩けてしまいそうだった。
 秘裂を穿つ指の動きも激しくなり、少し痛いくらいだった。だがそれを上回る疼きが、那珂の意識を掻き乱している。もはや何が痛くて何が快感なのか、わからくなってしまいそうだ。
「那珂……っ」
 キスの合間に、彼女が那珂を呼んだ。いつも真っ直ぐな光を宿している瞳はとろんと揺らいで、那珂の姿を映していた。彼女が自分のことを切実に求めてくれているのが、よくわかった。
 ――でも、那珂は……。
 戸惑う。しかしそんな感情も、すぐに押し寄せる快楽の中に呑み込まれてしまう。
「那珂、那珂……っ」
 彼女はまだ頼りのない声で自分を呼び続けている。それを聞きたくなくて、今度は那珂の方から荒々しく彼女の口を塞いでやるのだった。

  *

 再び、静寂が訪れていた。夜が更けてきたのか、部屋に横たわる暗闇は更に濃度を増したようだ。月の明かりも雲の陰に隠れてしまったらしい。暗い。
 那珂は川内の胸に額を預け、瞼を閉じてそのぬるい体温を感じていた。彼女もまた那珂のことを両腕で包み込むように抱きしめてくれている。
 波の立たない海のように、この上なく心は穏やかだ。やっぱり彼女とこうしているのは落ち着く。出来ることなら、ずっとこのままでいたいと思うほどに。
「……那珂、寝ちゃった?」
 川内が呼びかけてくる。那珂はあえて返事せず、黙り込んでいた。
 少し間が空く。それから額にゆっくりと、柔らかなものが押し当てられた。彼女の唇だった。
「……好きだよ」
 弱々しい呟き。誰にも届けるつもりのない、それでも本当に大切そうに吐かれる言葉。那珂は密かにぎゅっと布団のシーツを握りしめる
 彼女の気持ちには気づいていた。こんな風に体を重ねるようになる、ずっとずっと前から。
 ――でも那珂は、川内ちゃんに想われるような、価値のある存在じゃないよ。
 救いようがないほど臆病で、それを隠すためにいつも薄っぺらな笑顔を繕っている。強がっているんじゃなくて、嫌われたくないだけ。周りの人たちにも、そして彼女にも。
 そんな自分を知られてしまうなら、体だけで繋がっている今の関係の方が、ずっと楽だ。こうしていれば彼女は、自分から離れていかないだろう。
 だから那珂は今日も、気づかない振りをする。
 彼女が頭を撫でてくる。起こさないようにと静かにさするその手つきは、自分への優しさで満ち溢れている。彼女はちゃんと、那珂のことを愛してくれていた。
 それなのに、自分は。
 ――ごめんね、川内ちゃん……。
 急に込み上げてきた涙を、那珂は強く閉じた瞼の奥に、閉じ込めてしまうのだった。



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