艦隊これくしょん


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積極的です北上さん!

大北




「……す、好きです! 北上さん!」
 ありったけの勇気を振り絞って、ようやく大井はその言葉を言えた。
 目の前にいる北上は目を見開いた後、少し照れくさそうにくしゃっと笑う。
「今更何言ってんのさぁ。あたしも大井っちのこと、大好きだよ?」
 瞬時に違う、と気づいた。彼女は友情的な意味合いで、大井の「好き」を受け取ってしまったようだ。
 そうじゃない。そうじゃないんです、北上さん。私はずっと前から、あなたにそれを越えた感情を持ち合わせてしまっているんです。
「あっ……」
 言いよどむ。しかし、もう乗りかかった船なのだ。自分のこれまで抱え込んできた思いを、無駄にはしたくなかった。
 伝えないと。大井はもう一歩だけ、決死の覚悟で踏み出す。
「……違います。私は北上さんと、恋人同士になりたいんです」
「えっ、それって……」
 北上が息を呑むのがわかった。大井は俯いて、彼女の顔を見ないようにした。
 どくどくと、自分の心臓はもう騒ぎっぱなしだ。波の音もカモメのやかましい鳴き声も耳に入ってこない。演習が終わって休憩のため、誰もいない資材置き場の裏に来たのだが、まさかここでこうなるとは夢にも思わなかった。
 今まで何度も言おうとして、言えなかった。それを口に出せたのだから、もういいだろう。大井はもうほとんど諦めていた。
「……じゃあ、付き合おっか……?」
 ところが返ってきたのは、思っていたものとまったく真逆の答えだった。
「えっ、北上さん今何て……」
「だって大井っち、あたしと恋人になりたいんでしょ。だったら、付き合おうよ」
 しばらく事態が呑み込めずに呆然とし、ようやく理解した瞬間涙がこぼれた。
「わわっ。大井っち、どうして泣いてんの?」
「ご、ごめんなさい……てっきりダメだと、思ってたから」
「もう、しょうがないなぁ」
 歩み寄ってきた北上が抱きしめてくれる。
「北上さん、好き……」
「はいはい。これからよろしくね、大井っち」
 優しくそう言われて、大井は声を出して泣き出してしまうのだった。


 それから数日後。大井にとってまた、予想外の展開が巻き起こっていた。
「おす、大井っち。今日も可愛いねぇ! 大好きだよぉ」
 例えば、遠征や出撃から帰投してきて真っ先に会いに来たときや、別々の仕事をしていてちょっと廊下ですれ違ったとき。彼女はこんな調子で抱きついてきたり、頭を撫でたりと多大なスキンシップをするようになった。
「……大井っち、好きだよ」
 作戦会議中、はたまた他の艦娘たちと一緒に話をしている時にはちょいちょいと肩を叩いてきて、耳元でそう囁いてくる。見えないところで手を握ってくることもあるので、その度平静を装うのにとても苦労した。
「キスするね、大井っち」
 夜、二人の部屋に帰ってくるとかなりの確率でそう言ってくる。大井が頷くとすぐさま抱き寄せてきて、優しく唇を奪うのだ。しかも必ず一回では終わらないので、最後では力が抜けてしまって、北上に支えてもらう形になってしまう。
 告白して、まだ数日。明らかに北上は変わった。
「北上さんが積極的すぎてつらい……」
 麦茶を一口飲んでから、大井はひとりごちるようにそう呟いた。
 同じテーブルについていた由良が、怪訝そうな顔になる。
「どうしたの大井、急にノロケて。夕張病?」
「こら由良、私は病名じゃないんですけど」
 彼女の隣にいた夕張が抗議する。
「口を開けば一に五月雨、二にノロケ、三四なくて五に五月雨だし、まあほとんど病気だよね。ノロケ症候群」
「いやいや、私だってたまに違う話するよ? 例えばほら、装備開発の話とかさ」
「それだって三割くらいじゃんか。七割は五月雨のこと話してる」
「ぐぬぬ……」
 その向かい側、つまり大井の隣に座る島風の指摘に、夕張は反論しようとしたが即撃沈されていた。
 四人は昼下がりの、がらんとしている食堂にいた。仕事がない時はいつも由良、夕張、島風の三人で駄弁っているみたいだが、今回はその中に入れてもらったのだった。とにかく、誰かに話したかったのだ。
「ていうか大井、つらいって言ってたけどどうかしたの? 北上と、この前付き合い始めたばかりよね?」
 由良が聞いてくる。告白する前と後では、北上の大井に対する態度があからさまに違うので、二人が付き合っていることは周知の事実だった。
「いや、何て言うか……思った以上に北上さんのアプローチが積極的すぎて驚いているというか……」
「えっ、悪いことなのそれ?」
 心底不思議そうな顔をする夕張。それだけで彼女が五月雨にどう接しているのか、大体察しがつく。
「わ、悪いことではないんですけど、急な変貌にちょっとついていけてない感じですかね。てっきり最初は、ぎこちなくなっちゃうかもって……思ってたから」
 親友から、恋人へ。これまでとは違う関係への変化に、上手く距離感が掴めなくなってしまうのではないか、と大井は何となく思っていた。特に今まで自分をそういう対象として見ていなかった、北上は。
 だが彼女は怒涛の勢いで、ガンガン大井との距離を詰めてきている。予想外の現状に距離感がわからなくなっているのは、つまるところ大井自身だった。
「大井さんはさ、積極的なのは嫌なの? そうじゃないの?」
 横にいた島風がぴくりとも表情筋を動かさないで話しかけてくる。
「い、嫌なんて、そんなこと。むしろ――」
 ――嬉しいくらいだ。少なくとも自分が、北上との関係の変化を望んでいたのだから。
「じゃあいいじゃん、別に。あんまり度が過ぎたらさすがに考えものだけど、北上さんは大丈夫なんでしょ」
「そうなんだけど……」
 島風に言われて大井は俯く。そう、何の問題もないはずなのだ。
 それなのにどうしてか、ぼんやりとした不安のようなものが胸に残っている。その原因もよくわからず、大井は悩んでいた。
 ふと、由良がぽんと手を叩いた。
「あ、わかった。大井ってば、北上が急に積極的になった理由がわからないから、もやもやしてるんじゃない?」
 大井は顔を上げる。ずばり、それだった。言われてようやく気づく。
 ようするに急に北上が積極的になったのは、自分に合わせてくれているからではないかと、無意識のうちに考えていたのだ。
「北上にも、色々と思うところがあるんじゃないかな。何にせよ、そういうのは本人に聞いた方が一番いいよ。意志疎通は大事!」
 そう、私と五月雨ちゃんのように! と余計な台詞を付け加えた夕張は、「はいはい」と由良と島風に軽くあしらわれていた。
 だが、確かにその通りである。大井は小さく頷いて、テーブルの下で両の手のひらを握りしめた。


 とりあえず、北上と二人きりになった時に聞いてみよう。大井はそう考えていたのだが、少し甘かった。
「んっ……あっ……」
 部屋に帰ってきて数十秒後、大井は北上に壁際に追いやられ、唇を唇で塞がれていた。
「北上さ……待っ……!」
「ごめん大井っち。今日ずっと遠征で会えなかったからさ……我慢できないかも」
 吐息混じりにそう囁いた北上は、再び唇を押しつけてくる。するりと入り込んできた舌が、大井の舌に絡みついてきた。今まで感じたことのない柔らかさに、頭がくらくらして何も考えられなくなる。
「大井っち、可愛い……」
 不意に北上の手が大井の胸に触れた。びっくりして、思わずその腕を掴んでしまう。
「き、北上さん、待って!」
 はっと我に返った。北上も驚いたようで、バツが悪そうに大井から目を逸らしてしまう。
「ご、ごめん大井っち。さすがに嫌だった、よね……ごめんね」
「ち、違うんです北上さん!」
 すかさず大井は言う。彼女に触れられるのが嫌だったわけじゃない。
 ただ、このまま自分がもやもやした気持ちを抱えたままでは、北上に失礼だと思ったのだ。何の後腐れもないまま、彼女のことを正面から受け止めたかった。
「あ、あのね、北上さん……」
 大井は辿々しく、自分の気持ちを北上に語った。疑っていたわけではなかったが、北上が突然積極的になった理由だけは、知っておきたかった。
「ああ、何だびっくりした。そんなことか」
 全て話し終えると、北上は心底ほっとしたように息を吐いた。思ったよりあっさりとした反応だ。
「いやいや、大井っちの一世一代の告白に即答したけどさ。あたしだってあたしなりに、一日いっぱい考えてたのよ。まあそれなりにね?」
「そうだったんですか……」
「そう。それで、気づいちゃったんだ。あたしも大井っちのことが、恋愛的に好きだったんだなぁって」
「……はい?」
 呆気にとられる。そんな大井に気づかずに、北上はこれ以上ないくらいの満面の笑みを差し向けてきた。
「自覚しちゃったらさぁ、もう止まんなくなっちゃって。大井っちが好き過ぎてたまんないんだよね、今」
「な、なるほど……」
 脱力して、その場にへたりこんだ。てっきり自分に合わせてくれているとか、そんなネガティブな想像をしていたが、結局かなり大げさな杞憂だったというわけだ。勝手に悩んでいた自分が馬鹿みたいだった。
「まあ、意志疎通も無事完了したことだし」
 突如しゃがみこんだ北上が、大井の体に覆い被さってきた。
「……さっきの続き。しよっか、大井っち」
 間近にある北上の目が艶っぽく光る。大井は唾を呑み込んだ。
「あの、北上さん? わ、私そういうことは初めてで、その……」
「ダイジョーブ。あたしも初めてだけど、色々と予習してきたからね。重雷装艦の実力、見せちゃいますよぉ」
「お手柔らかにお願いします……」
 そう言いつつも、実は先ほどからちょっぴりだけ期待していた大井であった。



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