艦隊これくしょん


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冬にしか咲かない花





日差しの下に咲く
ゆうさみ

「うわぁ、降ってきちゃったよ……」
 窓の外を見た夕張は、げんなりした気持ちをそのまま口にした。
 雪、である。昼下がりの日差しの下、綿毛のようにゆったりと空気中を舞っている風景は、それはまあ綺麗なものだ。
 だが、問題はそれが積もり始めたら、だった。
「雪、嫌いですか、夕張さん」
 隣を歩いていた五月雨が、のぞき込むようにして尋ねてきた。先ほど執務室から出てきた彼女とばったり遭遇し、こうして何となしに廊下を歩いているところだった。
「うーん嫌いっていうか、また今年も雪かきしなきゃいけないんだなぁって思うと気が滅入っちゃう感じかしら」
 そう、降るだけならばいいのだが、北方に位置するこの鎮守府の雪は降った分だけ積もるのだった。もちろんそのまま放っておくわけにもいかず、港の雪かき、建物の屋根の雪下ろしをしなければならない。これがなかなか骨の折れる作業なのだ。
「五月雨ちゃんは好き? 雪」
 聞き返してみると、五月雨は真面目に少し考え込んでから答えた。
「そうですね……見慣れたせいかあまり考えたことないですけど、好きな方かもしれません。雪の結晶とか、綺麗ですし」
「雪の結晶、見たことあるんだ」
「いえ。本で見ただけで、本物はまだ一度も」
 ふむふむ、と夕張は口元に手を当てる。そしてふと思い立つと、五月雨の手を掴んで早足で歩き始めた。
「よし、じゃあ行こっか!」
「えっ、ちょっ、夕張さん! どこへですか?」
「雪の結晶、捕まえに!」
 一旦部屋に戻って二人で同じダッフルコートを着込み、外へ出た。
「おー、いい天気」
 港は海があるだけに空気が冷たかったが、日の光がまんべんなく降り注いでいるからかそこまで寒いということもない。コンクリートの地面も程良く温まっているらしく、落ちた雪はことごとく溶けていく。それを見ると多少雪かきへの憂鬱も晴れた。
「夕張さん、どう捕まえるんですか?」
 五月雨に聞かれて、完全にノープランだった夕張は慌てる。
「え、えっとね、その……手でとか。ほら、こんな風に」
 ひらひら落ちてきた雪を、手で包み込むようにする。開いてみると、当然のごとく形を持っていたそれは溶けてなくなっていた。
「……まあ、こうなるよね」
 そんな様子を見ていた五月雨がくすくすと笑い出す。つられて夕張も何だか可笑しくなってきてしまった。どちらかが笑うと、相手にもそれが移ってしまう。近頃の二人はそんな感じだった。
「よしっ。夕張さん、諦めずに捕まえてみましょう。ひょっとしたら、溶けないのもあるかも」
「そうだね。張り切って行ってみよう!」
 時々手を叩くようにしたり、ぎゅっと握りしめるようにして、雪の欠片を捕まえようと走り回る。「どうですか、夕張さん」「んー、また溶けちゃった」などと確認し合いながら、捕獲作戦は続いた。
 本当は体温で溶けてしまうから、素手で結晶を捕まえるのなど不可能だとわかっていた。
 でもお日様の下、舞う雪を口実にこうやって五月雨と過ごせている。実は元からそちらが本来の目的だったので、夕張はもう大体満足していた。
「あっ、捕まえ……って、あれ?」
「五月雨ちゃ、あぶなっ……!」
 前のめりになった五月雨がバランスを崩した。近くにいた夕張はそれを受け止めようとして、成功はしたが尻餅をつく形になった。
「あたた……五月雨ちゃん、大丈夫?」
「す、すみません夕張さん。平気ですか?」
 目を開けると、思ったよりずっと近い距離で五月雨と視線が合った。どきりとはしたが、お互いどちらも逸らそうとはしない。
「あっ」
 ひとかけらの雪が五月雨の鼻先に落ちた。すぐ溶けてしまったが、そこは寒さのせいでほんのりと赤らんでいて、夕張にはまるで雪が優しい色の花を咲かせたように見えた。
「……五月雨ちゃん。雪の結晶って、花みたいな形してると思わない?」
「えっ? あ、そうですね。だから私も、綺麗だと思ったのかもしれないです」
「うん。だから五月雨ちゃんも、雪の結晶みたいに、綺麗」
 きっとこんな寒い季節しか見られない、私だけの可愛い花。もっと独り占めしたくて、夕張はそっとその花びらに口づける。
「んっ……」
 五月雨は当然のごとく受け止めてくれる。混じり合った二人の吐息が白い蒸気になって雪とは逆の方向へ流れていく。それもまた、花のようだ、と思った。
「……雪の結晶、捕まえられなかったね」
「そうですね。……でももう、いいんです」
 ――赤くなってる夕張さんの方が、綺麗なので。
 そう言った彼女が鼻先にかぷりと噛みついてきたので、夕張は笑わずにはいられなかった。



夜の闇に咲く
ひほう(鳳翔×日向)

 吸い込まれそうな夜の闇の中。星もない空から、静かに白い粒たちが落ちてくる。
 鳳翔は外套も羽織らないまま、じっとその様子を見上げていた。
 昼間も雪は降っていたようだが、昼食の後片付けや風呂掃除などの雑務に追われて見ることができなかった。一日の仕事もあらかた終わった頃に外を見ると丁度降り始めていたため、何となく外に出てきたのだった。
「鳳翔さん」
 さすがに寒くなってきて引き返そうとすると、後ろから声が掛かった。振り向くとダウンジャケットを着た日向が立っていた。
「これ、持ってきました。着てください」
 手に持っていたコートを手渡してくれる。お言葉に甘えて鳳翔は着てみた。少しサイズが大きかったが、とても温かい。微かに、彼女の匂いがした。
「ありがとうございます。すみません、わざわざ」
「いえ。また私の得意なお節介ですので」
 そう言って日向は口を緩ませる。柔らかく、控えめに笑い掛ける彼女のそんな表情が鳳翔は好きだった。
「何をしていたんですか?」
「雪が降るのを、眺めてました」
 答えると、日向は更に笑みを深める。
「雪がお好きなんですね」
「いえ、別にそれほどでは。雪ではしゃぐような歳も、もう越えてしまいましたし」
 笑い返した。それで言葉を結んでもよかったのだが、あえて続けることにした。この人の前では、話し下手な自分も何故か饒舌になってしまう。
「でも、雪はどこか特別なような感じがして。つい、意識してしまうのです」
「特別、ですか」
「はい」
 鳳翔は再び空から流れ落ちてくる雪を仰ぐ。
「雪が降れば、冬がやってきたことを実感してしまうから。普段はわかりにくい季節の移り変わりを、今直接目にできているのかと思うと、特別に思えませんか?」
「ああ、なるほど。確かにそうですね。もうそんな季節になったのか」
 そう言って同じように見上げた日向の顔は思慮深く見える。おそらく同じ感覚を今まさに共有しようとしてくれていのだと気づき、嬉しくなった。
「鳳翔さん、手袋は?」
 不意に日向が聞いてきた。鳳翔はむき出しのままで、少し赤くなった自分の手を見る。
「ああ、忘れてました。そのまま出てきたので」
「では、ちょっと失礼します」
 こちらを向いた彼女は包み込むようにして、鳳翔の両手を握りしめてきた。突然の行動だったので驚いてしまう。
「私に手があってよかった。――こうして冷えたあなたの手を、温めることもできる」
 彼女は微笑んで、はぁっ、と熱い息を鳳翔の手に掛けてくれる。確かに温かい。彼女に触れられていると、全身が少しずつ熱を帯びていくようだ。
 重ね合った手と手は、まるで花の蕾のようにも見えた。寄り添って、温もりを分け与える。そんな思いやりが作り出した、冬にしか咲かない美しい花に。
「さて、結構冷えてきたかな。そろそろ中に入りましょう」
「はい。……あの、日向さん」
 手を引かれながら、鳳翔は彼女を呼んだ。
「何でしょう」
「今晩は、私の部屋に泊まっていきませんか?」
 きっと今自分の顔は、寒さとは別の理由で赤らんでいるはずだ。
 まだ触れていたかった。こんなにも尊く愛おしい、彼女の温もりに、もっと。
 日向は一度振り向き、手を繋ぐ力を少し強くして言った。
「はい、もちろんです」



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